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南アルプス夏合宿

 2018-09-08
メンバー:上野(B3,CL)、平田(B3)、發知(B3)、奥澤(B1)

筆:上野

行程:
8/28【大岡山…松川インター】
8/29【松川インター…越路ゲート8:00…鳥倉8:35-9:00…三伏峠12:10】
8/30【三伏峠4:25…水場4:40…本谷山5:35-5:50…塩見小屋6:55-7:15…塩見岳8:10-8:50…塩見小屋9:30-10:25…本谷山11:35-11:50…三伏峠12:40】
8/31【三伏峠3:35…烏帽子岳4:35…小河内避難小屋6:10】
9/1【小河内避難小屋6:00…烏帽子岳7:10…三伏峠7:50-8:00…鳥倉9:40-9:50…越路ゲート10:30】

南アルプス南部での夏合宿。1週間で光岳まで行く計画だったが、天候に恵まれず早々に撤退することになってしまった。

♦0日目
 2年の島村、1年の山口から合宿に行けないと連絡が入り、4人での合宿になってしまった。このパーティーは6人なのだが、結局6人全員でまともに登ったのは八ヶ岳だけ。正直なところ、リーダーである筆者のモチベーションはこのメンバー減の時点で半分くらいなくなってしまった…
 気を取り直して、昼頃から準備を始める。食料を大量に買いパッキングするとだいたい皆25kgくらいになった。いつも通り凌駕で晩飯を済ませ、新宿から高速バスで松川インターへ。雨が降っていたので便所の屋根の下で寝た。





♦1日目
 6時前に起床。タクシーで越路のゲートまで向かい、いざ合宿スタートである。ゲートをくぐって30分ほど林道歩き。鳥倉で入山写真を撮る。




ここからは登山道を登っていくのだが、いきなりの急登である。荷物が重くて辛い。4人でギャーギャー騒いでいた。途中7/10の看板あたりに水場があり、水量も豊富で、冷たくてうまかった。ここらで雲行きが怪しくなってきて、合宿中の天気に不安を覚えた。最後のほうは筆者が空腹でペースダウンしてしまったが、正午ころには三伏峠に到着。今日はこれで終わり。テントを張ってのんびり。




休憩したあと、往復25分の水場に行った。遠くはあるが量・味・冷たさすべて文句なしだった。戻ってきてもまだまだ時間があったので、気象通報の時間までハーツと大富豪をやった。トランプは一番の暇つぶしである。
16時、奥澤には気象を書かせて3人で晩飯の焼き肉を作る。初日だからと生肉をふんだんに持ってきたので贅沢な晩飯を楽しんだ。18時ころ就寝。

♦2日目
 3時起床。今日は塩見岳ピストン。朝飯は棒ラーメンもちである。テント撤収がないので1時間で出発したかったが、奥澤が棒ラーメンをまずいまずいといって手こずっていたため4:25に出発。念のため水場で水を補給してから塩見岳に向けて歩く。荷物が軽いので昨日より格段にラクである。コースタイムを少し巻きつつ塩見小屋へと到着。ここから先は岩稜だが、天気は悪くなく楽しい岩登りだった。8時ごろ塩見岳山頂に到着。風がまあまああり、雲で太陽が隠れるととても寒かった。差し入れのフルーツをいただき、集合写真をとった。まさかこれが最初で最後の山頂集合写真になってしまうとは…




 塩見小屋に降りて、差し入れのシャボン玉。量が多すぎて、平田と奥澤が必死に消化していたがここに55分もいることになった。ただせっかくなので、インスタ映えなどと言って前から、横から、下からといろいろ良さげな写真を撮ったりしてみた。奥澤は当部きってのイケメンで、奥澤がシャボン玉を吹いてる様は写真集でも出せそうなほどだ。1枚500円で販売しているのでほしい方は連絡ください。
 その後サーッと歩いて三伏峠に帰還。またハーツと大富豪をやった。16時、私が気象をとった。日本のはるか南の台風がすでに960hPaまで発達しているというのでギョッとした。その間に3人が晩飯のほうとうを作った。とても美味かった。昨日今日の晩飯は、初日3時間だけ&2日目ピストンだからこそできる贅沢だったかもしれない。
 さて、ヤマテンを見て明日以降の行程について会議。明日は霧雨で風が強く、午後になるほど荒れて暴風雨になるようだった。専門天気図とかいろいろ見て、これ以降はもう晴天は望めないように思えた。とりあえず明日は荒れる前に行ってしまおうということで、出発を3:30に早めた。

♦3日目
 2:00起床。パスタを食い、雨が降っていたのでレインを装着して3:35高山裏避難小屋に向けて出発。まだ暗くてしかもガスっており、視界がほぼない。最後尾の筆者から先頭の平田がギリギリ見える程度だった。そんな中1つ目のヒヤリ体験。登山道ではないが一見とてもそれっぽい道に入り込んでしまい、両側が崖で崩壊しかけているところを歩いた。どう考えても危ないが、視界がなく正規の登山道なのか否か確信がもてなかった。この道の先を見ると崖に落ちていったため違うだろうということになり、見まわしながら戻っていくと正規の登山道を発見。視界のなさで見逃してしまっていたようだ。迷ったときはテント場に引き返すことさえ一瞬考えたが、安堵して先へ進む。

 すると、またどっちが正しいのか分からない分岐に差し掛かる。多くの人が迷ったあげく道ができてしまったのだろう。道の様子を見ていろいろ考え、正しいほうを選ぶことができた。ここで後ろから来た学生パーティーに先を譲り、その少し後ろを歩いていった。4:35、烏帽子岳に到着。風雨で寒いので水だけ飲みすぐ出発。小河内避難小屋までノンストップで行くことになった。さて山頂から下るのだが、またもや道が分からない。左はハイマツで道が見当たらず、右は風が吹き荒れる裸の稜線で、先が見えないので下手に歩けば落っこちるかもしれない。一旦ハイマツの陰に身を隠して先に行った学生パーティーの様子をヘツ電の光から読み取ろうとするが、進んでいるのか引き返してくるのかよくわからない。少しずつ明るくなってきたのと動かなければ低体温症になりそうだったので、意を決して右を進んだ。行ってみると、全然危なくもない普通の道だった。先ほどの道迷いといい、なんでもない道でもこの状況では恐怖になってしまう。稜線での悪天夜間行動の恐ろしさが身にしみた1時間だった。

 休憩している学生パーティーを抜かして稜線を歩くこと1時間強、やっとの思いで小河内避難小屋に到着。風雨から逃れようと中に入ると、小屋主の古本さんが迎えてくれた。ストーブをつけて下さったので4人で囲み休憩する。ここでヤマテンなどを確認し、今後も前線や台風で天気回復が見込まれないこととこの先エスケープルートがなく山中で詰む可能性が高いことを考え、これ以上の続行を断念して鳥倉に下りることにした。

古本さん曰く今日で小屋閉めのようで(この日は8/31)、ご厚意により小屋閉めの手伝いをすることで無料で泊めていただけることになった。お言葉に甘えて、今日の行動を打ち切った。

まだ朝8時。手伝いをしたり、古本さんと語らったり無料でいただいた食料を頬張ったりトランプをしたりで1日中のんびり過ごした。





晩飯は鍋。いただいた酒などで最後の晩餐をした。




寝る前に明日についての会議。今日よりもひどい暴風雨の予報だったが、これからさらにひどくなる可能性も高かったので明日何が何でも下山することに。古本さんも鳥倉に下りるとのこと。6:00発と決めて寝た。

♦4日目
 4:30起床。さっきまで雷が鳴っていた。風雨は強く、屋根からゴウゴウと音が聞こえる。朝飯を食いパッキング。古本さんは我々より15分ほど早く出ていった、半袖半ズボンに上だけレインを羽織っていた。強い。我々は6:00出発。外にでるとやはり昨日より風が強く、雨もそこそこ降っていた。三伏峠までノンストップと決め歩き始めた。ハイマツの中にいるときは平気だが、裸の西側斜面では時折歩けなくなるくらいの暴風で、雨滴が弾丸のように飛んでくる。強風のあまり、1度だけ4人とも1分くらい動けなくなったりした。だが最終日で心の折れようがないからなのか、楽しかった。思ったより早く烏帽子岳を通過し、前日迷った分岐2か所を見つけてワイワイ言いながら三伏峠に到着。古本さんがいたので写真をとった。





先に下りていった古本さんを見送り、少し休憩して8:00出発。最後の下山である。下りていくと風雨は全くなくなり、青空も垣間見えるようになった。やはり稜線の天気は格が違う。途中休憩中の古本さんを抜かして、10:30無事越路ゲートに下山完了。予約したタクシーは12:00なのでラーメンを食べたりして時間をつぶし、車で帰りゆく古本さんに挨拶をした。
 タクシーに乗り、温泉で体を清めて昼飯を食い、帰りの高速バスの時間まで休憩室でくつろいだ。死ぬほどの暴風雨の中を歩いていたのが同じ日だったとはとは思えないくらいの平和。18時半ころに高速バスで松川インターを出発して帰京した。

♦まとめ
 個人的には2年前のリベンジだったので、天候不良は仕方ないとはいえ撤退になってしまったことは無念である。ただ小屋閉めの様子を見たり暴風雨の稜線を歩いたりと面白い経験も多々あり、充実した山行であったようにも思う。1年の奥澤には長い合宿を経験させてやれなかったが来年以降も頑張っていってほしい。お疲れ様でした。

 最後に、古本さんには本当にお世話になりました。心より感謝申し上げます。

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