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9/8~9/12 夏合宿 大峯奥駆道

 2016-09-15
筆:武山
メンバー
CL・装備・気象:永井(B2)  SL・記録・食当:武山(B2)  食当・気象:石島(B1)・本間(B1)

行程
1日目(9/8)
【大岡山6:30→吉野11:30→金峰神社13:17…四寸岩山15:52…百丁茶屋17:00】

2日目(9/9)
【百丁茶屋4:10…五番関6:35…洞辻茶屋9:50…鐘掛岩10:40…西の覗11:05…大峯山寺11:50…小笹の宿14:30】

3日目(9/10)
【小笹の宿5:25…大普賢岳7:40…七曜岳10:30…行者還小屋12:30】

4日目(9/11)
【行者還小屋4:00…一ノ峠5:10…弥山7:30…八経ヶ岳9:40…楊子ヶ宿小屋14:00】

5日目(9/12)
【楊子ヶ宿小屋5:40…孔雀岳7:40…空鉢岳8:54…釈迦ヶ岳9:50…二つ岩12:44…前鬼14:20】



合宿内容
今回僕が参加したパーティーは、紀伊山地の修験道、大峯奥駈道を歩くものだ。つまり、吉野から熊野までを縦走する。ここはユネスコの世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部であり、かなり宗教的な歴史のある道だ。
ここには「75の靡(ビ)」と呼ばれる修験場の場所が存在しており、山伏はここでほら貝を吹いたりお経を読んだりするらしい。
このように、普通の登山とはまた何か違う雰囲気のある山行になった。

-16日目
中村先輩、奈良パーティー離脱

-2日目
益田先輩、奈良パーティー離脱

1日目
あれ?メンバー少なくない??いずれにせよ合宿スタートである。11時に現地集合だったので、各々好きな方法で来る。
自分は時間がなかったので、新幹線と特急を使う。出発時刻は5時半なのだが、起床しスマホを見ると「6:30」。うーん、遅刻である。急いで出発し、謝罪LINEをする。そんなことしてたら反対行きの電車に乗っており、泣きそうになる。
そして、京都で新幹線を降りるとあることに気づいた。新幹線の切符・学生証・定期券・色んなポイントカードを入れたケースを新幹線内に置いてきた。絶望である。探してもらう時間もないので、泣く泣く約12000円を払い切符を再度購入をする。
ここまでで交通費3万円である。山登る前からメンタルと財布に多大なダメージをくらってしまう。これが修行の道、なんと厳しいのだろう。

すると今度はこの合宿のリーダーである深井先輩から、諸事情により合宿に行けないことをLINEで告げられる。
まさかの3年生全員辞退である。残ったメンバーは山の知識は比較的少ない人だけだ。これはマズイ。しかしここまで来たら山には行きたい。ということで、正直リーダーらしくない永井氏がリーダーとなり、2年生2人・1年生2人のパーティーとなった。非常に不安である。これも修行なのであろうか。

深井先輩の共装を受け取り、一行は出発した。今日は計画では、金峯神社から四寸岩山を取ってから百丁茶屋までである。


さらに出発と同時に熊鈴を持ってきていないことに気づく。またかよ。なぜかこの奈良パーティーは熊への意識が低い気がする。装備担当、頼むよ〜。
雨もわりと降っており、かなり不穏なスタートだったが、なんとか四寸岩山にたどり着く。しかし居心地のいい山頂ではなかったので、即座に小屋へ向かう。

ここまでで行動時間3時間程であったが、メンバーの石嶋がバテ始めていた。ペースが遅くなると日が暮れる。そこで予定の百丁茶屋の手前の小屋に泊まることを考えた。
そこにたどり着くと、どういうことか、小屋の外にはお墓のようなもの、中には仏壇のようなものがある。とても怖く、正直寝れるような場所ではないため、さすがにここには泊まれなかった。石嶋だけは「まぁ、これはこれでありなんじゃないですか?笑」とか言っていたけれど、バテておかしくなってしまったのだろうか。
ということで予定通りの百丁茶屋を目指す。「2万5千分の1の地形図」と「山と高原地図」を交互ににらめっこしながら進んでいくが、どちらの地図にも書いてない道が幾つかあったり、分岐がめちゃくちゃ多かったり、とても迷いそうになった。
暗くなるギリギリ前になんとか百丁茶屋小屋にたどり着く。恐る恐る扉を開けると、なんとも素晴らしい小屋が待っていた。いやぁ、ほんとよかった。

ここから晩飯だが、今年行ったすべての山行で、食当だけを担当し続けた自分としては、今回の合宿のご飯はちょっと考えた。なので食事について少しだけ詳しく書かさせていただきたい。
ちなみに今回の山行では、「フライパンで山ごはん」という本をかなり参考にさせてもらった。

今日の晩飯は「ネギ塩豚肉焼きそば」である。感想としては、麺は美味しいが肉がダメ。豚肉に塩を振って日持ちさせて持っていくのだが、やはり塩辛かった。今までも生肉に塩を振って持っていくことが多々あったが、塩辛くて不味くなるのでこれを境に「生肉に塩を振って持っていく」料理はやめようかと思う。

そして快適な小屋で就寝。

2日目
さて朝飯は「流水麺(そば・うどん)」。ガスも水も使わずに、麺つゆをかければ調理終了という最高の朝ごはんだ。唯一の欠点は少し重いことだろうか。安定の美味しさである。が、実は少し飽きてきていたりする。

さて、計画書によると今日の行動時間は11時間。昨日の時点でコースタイムよりも遅くなってしまうことが判明したので、12時間以上歩くことになる。そこで予定していた行者還小屋ではなく、手前の小笹の宿小屋を目標に歩くことにする。

出発して30分ほど歩くと、わりと最近土砂崩れしてそうな箇所があった。足を踏み入れたら砂や石ころがザザっと下に落ちていく。そのまま歩くと自分も流されそうで地味に怖いがなんとか通過。

五番関に着くと「女人結界」の門があった。大峯山では宗教上の理由で、女性はこの門より先に進んではいけない。しかし「女人結界門」の「女」が取れている。現代の性差別問題とかそういうやつなのかな。しかしこれでは人類皆入れない。気にしないで通過。
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そこから3時間歩き、洞辻茶屋に着く。いきなり銅像やわりと大きい茶屋が出てきて驚く。しかし山の上にどうやってこんな重たい銅像なり灯篭なりを持ってきたのだろうか。
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ここから大峯山寺まではかなり文明を感じた。ちょっとした商店街のような雰囲気があったり、山の上とは感じさせなかった。

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すると1人の登山客にすれ違う。事前に、女人結界内では「おまいり〜」が挨拶だと聞いていた私達だが、やはり最初はこちらから「おまいり〜」なんて言えないものである。とりあえず小声で「おまいり〜」とか言ってみると、その方は「こんにちは」と返してきた。あれ?話が違うぞ??次にすれ違った登山客も「こんにちは」の挨拶であった。あれれれれ??期待していたのに……。すると今度は何やら仏教っぽい服を着ている人に遭遇。「こんにちは」と普通に挨拶すると、「おまいり〜(大声)」と返ってきた。
おぉ、これが""ホンモノ""の「おまいり」…ありがてぇ……。これを機に我々も「おまいり〜」を使えるようになった。自信を持って次の登山客に「おまいり〜(大声)」とか言ってみると、「お、おう……」と返事が返ってくる。なんか恥ずかしかった。どうやら浸透していないようだ。

そんなこんなで大峯山寺手前の「西の覗」につく。どうやら日本三大荒行らしい(よく知らない)。健康に自信がない人や高所恐怖症の人はダメとのこと。そう言われると行きたくなるもんである。行ってみるとかなり良い景色が広がっていた。ちょっと下を見ればすぐ崖という個人的に最高にワクワクする場所だった(瑞垣山のような感じである)。

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そしてさらに進む途中、とある行者の方から「最近ここら辺熊出るからね、気ぃつけぇよ」と言われる。熊鈴を持ってきてないのを後悔した。特に永井は、合宿出発直前に福岡大学WV部のヒグマの事件についてのテレビを見たらしく非常に怖がっていた。

ちょっと歩くとついに世界遺産「大峰山寺」にたどり着く。山頂にあるとは思えないくらい大きな寺があった。しかしこのパーティーメンバーには仏教関係の知識を有する人が一人たりともおらず、寺の入り方さえままならない。とりあえず、お辞儀とかして入ってみた。中では売店があり、熊鈴を持ってきてないので、僕は鈴付きの開運のお守り(500円)を購入した。そこからすぐに山上ヶ岳の山頂なので、そこで休憩をとることに。中村先輩からのウィンナーの差し入れがとても美味しかった。

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そして今日の目標地点である小笹の宿小屋まで向かう。先ほど購入したお守りをトレッキングポールにつけて歩くも、悲しい程に鈴の音が鳴らない。熊避けにはならなさそうだ。なぜ音をしっかり確認せずに買ってしまったのだろうか。

大峯山を超えてからは一変して、宗教的な建物や像などは見なくなった。普通の登山道らしい登山道を歩いていき、2時間程して無事小笹の宿小屋に到着した。この小屋はあくまで修験者のためのものであり、僕らのような一般人向けではないらしい。一応泊まっても大丈夫なことにはなっているが、修験者の方がいらっしゃったらお譲りしなければならなかった。今回はいらっしゃらなかったので泊まることができた。ありがたや…ありがたや…。水場もすぐ近くにあり、快適である。

さて、今晩の夜飯は「キムチ鍋」だ。1年に米炊きを任せ、石嶋がそのリーダーになっていた。僕はキムチ鍋を作る。具材(豚肉・白菜・ニラ・長ネギ・高野豆腐・エノキ)をぶち込む時に気づいたが、量が多すぎる。ただでさえ量が多いのに、メンバーが減ったためさらに多くなってしまった…。そんなこんなしてると、米が炊けたらしいので少し食べてみる。ん!?!?!?美味すぎる。山で食べた中で過去最高に美味しいお米だった。キムチ鍋の味はまぁ普通であった。個人的に高野豆腐が苦手かも。
後片付けでは、米の入ってる鍋をこそぐ時に、本間がすべて残った米を食べ尽くし鍋こそぎの必要をなくすファインプレー。いいメンバーに恵まれている。
そんな間にリーダーの永井が明日の計画を必死に考えていて、なんか永井らしくなかった(褒め言葉)
永井がメンバーに明日の行動計画を伝え就寝する。

3日目
今朝のご飯は「コンビーフマフィン」である。ライ麦のマフィンに半熟の目玉焼き・少し焼いたコンビーフ・とろけるチーズを挟んで食べる。これが結構美味しかった。欠点としてはフライパンが1個だけなので効率が少々悪いことか。流水麺より個人的にこっちの方が好きだ。

さて、今日の計画は小笹の宿小屋を出発し、行者還避難小屋までである。コースタイムでなんと5時間ほど。ゆとりである。さらに昨日からずっと晴れており、とても気持ちの良いスタートになった。
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特に面白いこともなく2時間程歩き、大普賢岳に登頂する。かなり最後の傾斜が急だった分、山頂では遮るものがなくなり、かなりいい景色が広がっていた。ここで山田の差し入れのソルティライチをいただく。原液を買う時に、カルピスではなくソルティライチを買ってくるあたり、さすがだ。
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そしてそこから七曜岳へと向かう。七曜岳には少しだけ鎖場が多く、今回の合宿で登っていて1番楽しかった山だった。山頂に着き少し休んでると、逆側から山伏のような方々がゾロゾロと(45人ほど)登ってきた。最初に登ってきた5人ほどの人たちが山頂に着くとすぐにお経を読み、ほら貝を吹いていたりして、どこか異様な光景だった。
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あとはもう行者還小屋に向かうのみだ。途中すれ違った人に、「え、ここから行者還小屋?近くない?笑笑」みたいな感じで言われたが気にしてはいけない。
そして途中に何やら石碑を見つけた。まーーーーた仏教の何かか、と思ったがそれは違った。よく読むと大阪工業大学のワンゲルの部員がここで亡くなったらしい。さらによく読むと、何か僕らと重なるところが幾つもある。
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・「吉野より入山」
・「小笹の宿より弥山方面」
・「疲労困憊してる部員」
・「大阪"工業大学"と東京"工業大学"」
・「ワンダーフォーゲル部」

石嶋がバテるのとほぼ同時に行者還小屋に到着した。なんだかんだアップダウンがあったので、少しつらかったかもしれない。
小屋の中に入ると、さらに二部屋あるわ、部屋かなり広いわ、トイレが横に併設されてるわ、水道から水が出るわ、とても凄かった。過去最高の避難小屋であった。あまりにも快適すぎて「テントに泊まる人達可哀想だな笑笑」とか調子に乗っていた。

今晩の飯は「豚肉の塩麹漬け」と「焼き鳥缶のチキンライス」である。
まず前者から。一日目の晩飯とは違い、今回は「"塩"漬け」ではなく「"塩麹"漬け」である。この二つではまったく風味が異なり、塩麹に漬けてる方がよっぽど美味しい。ちゃんと日持ちもするので、ただ焼くだけなら塩麹漬けの方が良いかもしれない。今度は味噌漬けもやろうかな…
そして、もう一つの方のチキンライス。ご飯を炊き、ご飯・長ネギ・焼き鳥の缶(たれ味)を入れて炒めた後、ケチャップを足しながら炒める。石嶋の米炊きもまたもや成功し、その後もちゃんとやったので美味しかった。さらに卵とケチャップが少し余っていたので、少しだけオムライスにしたが絶品だった。個人的に今回1番美味しかったと思う。

夕飯を食べ終わり、明日の計画を考えるが、コースタイムで8時間のところを歩けるかどうかかなり議論された。しかし、歩かないと1日伸びてしまう…。結果、頑張って8時間(実際はもっとかかる)歩くことにした。

4日目
今朝の飯は「レーズン入りのフレンチトースト」である。レーズンパンにクーリッシュ(バニラ味)を染み込ませて焼くだけである。味は普通くらいか。美味しくもないしまずくもない。以降の山行では作らないだろう。

さて今日は行者還小屋から弥山・八経ヶ岳を通り、楊子ヶ宿小屋までである。八経ヶ岳は日本百名山であり(大峰山の山頂として)、今回の山行で最も標高が高い(1915m)である。そりゃあ関西最高峰だからそりゃそうか。
ここまで一気に登るのにかなり体力を必要とするので、石嶋がバテないか非常に心配だった。

早めの4時に出発し、ささっと一ノ峠を通り過ぎていく。途中ヤマドリっぽいのに出くわす。5、6羽くらいいて可愛かったが名前がわからない。君の名は。
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ここから本格的な登りである。熊避けとして、自分は音楽を鳴らしながら歩いていたが、石嶋のテンションを上げてもらうためにも選曲を石嶋にバトンタッチした。
石嶋'sスマホ「オーネガイ!シーンデレラ♡」
オタクソングが鳴り響く。するとどうだろう。見違えるほど速いスピードで石嶋が登っていくではありませんか。自分も石嶋に追い付くのが大変なくらい速かった。どこにそんな力を隠し持っていたのか。「オタクを怒らせると怖い」というのはこういう所にあるのだろう。私達はこの状態の石嶋を「いしじMAX」と名付けた。このネーミングセンスの無さに関しては名付け親の永井氏に責任がある。

しかしこのお陰でコースタイムより早く弥山を登ることができた。
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めちゃくちゃ時間があったので、どうせ余るペペロンチーノを作ることにした。オリーブオイルにニンニクチューブを二本分もぶちまけたが、普通に美味しい。
そして出発前に石嶋から、「小屋の人曰く、ここら辺で遭難者がいるらしい」という情報を聞く。

一時間半も弥山でゆっくりした後、ささっと 八経ヶ岳をとり楊子ヶ宿小屋へ向かう。八経ヶ岳までの途中、1人のおばさんとすれ違った。何やら俯いている様子だった。
30分ほどで八経ヶ岳に着いたが、正直百名山には見えなかった。晴れたら景色は良さそうである。休憩はここでは取らず先へと進む。
すると先頭の本間が、すれ違ったある1人のおじさんに声をかけられる。少し会話し去っていった。
5分ほど経つと本間が立ち止まる。何やら先ほどのおじさんは人を探してるらしい。あぁ、遭難者がいるという話はこれだったのか。さらに、60代のおばさんを探してるらしい。あれ、さっきすれ違ったおばさん……。そうか!?
その時点で1番鮮明に覚えていた石嶋が先ほどのおじさんのところへ情報を伝えに向かう。残る3人は待っていたが、石嶋が帰ってこない。遅いので僕も見た情報を伝えるのと様子を見るためにそちらへ行った。
結局八経ヶ岳まで戻ったらおじさんと石嶋がいて、石嶋が伝えていなさそうなことを僕も伝えておいた。どうやら探してる人と先ほどのおばさんは一致してたらしい。おじさんはどうやら関西学院大学の教授の方らしかった。とても感謝される。カルマが上昇した。

小屋まで向かっていると昨日購入した鈴付きのキーホルダーを紛失したことに気づく。開運のお守りだったのに無くすとは運がない。
そうして無事小屋までたどり着くことができた。昨日の時点ではかなり遅くに着くと予想していたが、なんだかんだ到着時刻は14時だった。

さて今晩の飯は「チャーハン」である。前回の山行でもチャーハンを作ったが、具材などすべて粉状のチャーハンの素みたいなやつを使い、とてもまずかった。なので、今回は卵・ピーマン・玉ねぎ・ベーコン・香味ペーストをちゃんと持って行って調理した。まず白米を例によって石嶋に頼んだが、これまためちゃくちゃ美味しい。それを素に作ったが、最高に美味しかった。この日も米の鍋はすべて本間が食べ尽くしてくれた。さらにフライパンはこそぐ必要がないので、ここまで1回も鍋こそぎをしていない。QOL爆上がりである。

5日目
まず朝飯は「りんごのパンケーキ」である。りんごを切り、パンケーキミックスとともに焼き上げるだけ。ヘラを持ってこなかったため、箸でひっくり返すが酷い。味はまぁまぁだった。パンケーキ自体の甘さがもう少し欲しかった。バターが恋しい。

さて、本来の合宿の計画では、熊野の方まで行く予定であったが、メンバーの体力や日程を考慮して、前鬼に下山することにした。
今日はここ楊子ヶ宿小屋から前鬼のテン場まで行く。そして明日、前鬼のテン場から前鬼口までの林道を歩き、そこからバス(1日朝7時半の1本のみ)で帰路へという形だ。

今日は釈迦ヶ岳だけがメインだろうか。山頂には大きなお釈迦様がいた。ほんとこれどうやって持ってきたんだ?
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山頂では今晩の夕飯の一つであったウィンナーを貪り食った。美味しい。

ここからは下山のみであり、天気も良くないためとてもつまらなかった。永井は道中にいるカエルに大興奮したり、髪のキューティクルを異様に気にしていたりしていた。

途中でストックに異変を感じる。見ると手首につけるようなバンドみたいな部分が壊れて取れてしまった。まさかお守りだけでなくこれもダメになってしまうとは。。。

もう下山ではあるが石嶋の足はもう限界が近づいていたようで、かなり疲れが見え始めていた。限界を迎えると同時にようやく前鬼の小屋に到着(ほぼ下山のようなもの)した。

さて、今合宿最初で最後のテント泊だ。テントを建てていると重大なことに気づく。テントのポールが足りない。
聞くところによると、前日準備でテントを建てなかったらしい。小屋に泊まれなかったらどうしてたんでしょう……。装備担当、頼むよ〜(2回目)

さて、どうしようか。泊まれない。しかし、すぐもう近くに道路がある。タクシーを近くまで呼んで、駅まで送ってもらうことにしよう。
そういうことで一行はタクシーで吉野まで帰っていった。。。(早く帰れることになったし結果的には良かったのかも)
その後は各々好きな方法で帰っていく。ちなみに今回の山行で筆者は軽く5万円以上は浪費した。修験道とか言いながら一番つらかったのは財布だったとは…。



感想
頼れる3年生が全員いなくなった中で夏合宿を遂行するのは多少なりとも怖かった。だが、メンバー一人一人頑張ってくれたお陰でなんとか無事終わらせることができてよかった。しかし準備の段階で足りない点がいくつかあったのは反省すべきところだ。また、音楽を鳴らすのを熊対策にするのは良くないと感じた。イヤホンをしていなくても、周りの声が聞こえづらい。やはり熊鈴だ。
個人的に山でのご飯のレベルが今回めちゃくちゃ高かったのはとても嬉しい。
あと、修験道という少し変わった道はもう少し歴史などの知識つけてから登った方がいいかもしれない。なにも分からなかった。
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コメント
lol
you're crazy boys.




【2016/09/15 23:07】 | #- | [edit]
東工大OBです。

暑かったでしょうか?
いろいろなところ経験して下さい。
ツキノワグマはそんなに危なくないと思います。

学生の間行けるとこ行っちゃってください。
【2016/10/06 17:04】 | #- | [edit]












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