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7/25 表丹沢・勘七ノ沢

 2015-07-25
筆:山田(B1)
CL 橋本(B2) SL 益田(B2) 医療 柴田(B1) 気象 鈴木(B1) 記録 山田(B1) 

▽7/25 (0,1日目)【大岡山(5:00)→大倉(7:30)→二俣(8:30)→花立山荘(14:30)】
ついに沢。この部活に入ったのは沢に憧れてたからと言っても過言じゃない。
直前に沢タビを買いに行ったりとかなりあたふたしつつ、第二部室に到着。で、朝。電車でガタゴト。丹沢はフリーパスが使えるから安い。小田急に圧倒的感謝を示し、渋沢駅、大倉に到着。あ、歩荷で来た所じゃんと思いつつ水を汲む。ただ、その時とは違うルートで1時間くらい歩いて行った。標高が低い事もあって ジメジメしててあまり良いアプローチと言えない。太陽ももっと輝いてくれると良かった。で、遡行開始。タビを履いてハーネスを付けて、カラビナをつける。心拍数が上がっていく。7月だから水がひんやりしてキモチイと思うがそんなことはない。はじめのうちは心地良いが、だんだん冷たくなってくる。少し震えつつ、黙々と登っていった。ザイルを出す中くらいの滝は5つくらいあって、どれも震えながらも登り切る事ができた。橋本先輩にトップで登って頂いたので、僕たちは安全に登ることができた。それでも、緊張感はある。途中あんまり休憩がなくてしんどかったが、鈴木くんと、柴田くんがしっかりとついていっていたから、わいも必死に後を追う。そこそこ上流にくると流れも早くなり、岩もゴツくなりしっかりと手を押し付けないとツルッと滑ってしまう。で、滑った。2mくらい。うむ。まあ、あまり流れが急でない所だったのが幸いだった。そのまま登って行き、ヤブ漕きゾーンに突入。斜度はキツイわ、石は転がるわで大変だった。しかも正確な道があるわけじゃないから精神的にもけっこうくる。で、弱音をぼそっと吐いてしまう。飯田先輩、橋本先輩、益田先輩という強い先輩方のサポートもあって予定時刻は過ぎてしまったが無事、山道に出ることができた。ただ、ヒルはいるし、匂いはきついし。沢登りはいい事ばかりではない。学んだ遡行だった。後、自分はトップで登ることができるんだろうか。
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チャリワン 伊豆半島一周

 2015-07-24
筆:永井

メンバー:野口、梅田、永井


7月24日(金)

夜にチャリを輪行袋に入れて、電車で小田原まで行きました。


7月25日(土)

小田原えきに到着して、チャリを組み立て、そこから少し進むと、よくわからないが、割ときれいな建物があったので、その脇で寝ることにしました。0時50分到着でした。おやすみなさい。

その後、3時半頃に起きて、4時10分に出発しました。出発して7分経ったぐらいだと思います。野口さんの前輪(おそらく)がパンクしました。僕はそのときに野口さんから、パンク修理を学んだつもりです。その後、再出発し、5時25分頃に熱海の海辺で休憩をとりました。まだ、朝早いこともあって、ビーチにはあまり人はおらず、辺りは散歩中の年配の方々がちらほらおられました。海が想像以上に綺麗で幾分見とれてました。その後、出発。アップダウンを肌で実感しながら、6時40分頃に休憩場所の伊東マリンタウンに到着しました。と同時に、僕の前後輪が同時にパンクしてしまいました。替えのチューブが一つしかなく、まずは近くのチャリ屋さんを調べ、行くことにしたのですが、まだ朝早くて、空いてなかったので、とりあえず、そこで、休憩することにしました。座って涼んでいると、言葉巧みな女性2人組が近寄ってきて、ともに世間話をしました。やたら話題を振ってくるなぁと思っていると、いつの間にか自分たちの仕事の宣伝をぶっこんできて、世の中うまくできてるなぁと思いながら、僕たち3人はうまく交わして無事避けることができました。その二人組にクイズを出されて、割と真面目に答えようとしている野口さんが面白くて、印象的でした。その後、昼食をとり、ひと段落ついてから、チャリ屋さんに向かいました。そこではチューブはひとつしか置いてなくて、予備がもうないという状況下に陥りましたが、とりあえず下田まで向かうことにしました。10時過ぎ出発でした。

そして、アップダウンの中、進んで進んで、12時24分頃、野口さんが蜂に刺されるという思わぬ事件が勃発し、その場で一時休憩という形になりました。そこにいた優しいおじさんが蜂に刺された後の対処方法や自分の蜂に刺された自伝などを教えてくれて、勉強になったと記憶しています。その方に教えていただいた、薬局に僕たち3人は向かいました。そして、野口さんは薬を買い、難なく処理しました。改めて、蜂は怖いなぁ、と感じました。

その後、出発。14時頃の出発でした。厳しいアップダウンの中、チャリをこいで1時間ほどして、近くのコンビニにて再び休憩。徐々に疲れがきてたのをかすかに、覚えています。また、再出発して、16時半頃に下田の道の駅に到着しました。なんとか誰もパンクせず、急死に一生を得たのではないか、そう思いました。その道の駅で休憩したあと、近くのチャリ屋さんに寄って、チューブを4つほどこうにしました。その後、晩飯探しに歩いて、近くの海鮮丼を食べに行きました。美味しかったです。そして、道の駅で就寝。海をバックに、海風を感じながら寝るあの感じ、最高でした。おやすみなさい。


7月26日(日)

5時半頃、道の駅を出発しました。1日目の疲れもあって、重いスタートだったような覚えがあります。1時間ほど走っては休憩のサイクルを何度か繰り返して、大きな岩の観光地につき、少し観光しました。潮風をまとった波が風情あってとても綺麗で心地よかったです。その後、アップダウンの中、進んで、夜18時ころにようやく沼津につき、無事終了しました。最後は、三人で焼き肉食べて帰りました。

なかなか大変できつかったですが、いい経験になりました。楽しかったです。またいきたいです。Thank you for reading.








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7/18~19 甲斐駒・仙丈

 2015-07-19
筆:山田(B1)
CL 神宮司(B3) SL・装備 中村(B2) 記録・気象 山田(B1) 食当 大森(B1) 

▽7/17 (0日目)【大岡山(20:00)→談合坂(21:40)→諏訪(0:00)→戸台大橋(1:00)】
かすかな記憶をたどる…。
この山行は夏合宿のためのトレーニングとして計画された。自分としては車で入山口近くまで行けるなんてなんか楽しそうだし、ウェイと感じてた気がする。ちゃんとレインを確認して、神宮司先輩のやや荒い運転に揺られつつ、アニソンが分からないつつ、気がつくともう車は戸台大橋に着いた。確か周りにも結構車がいた気がする。寝ようとしつつシュラフをザックから出していたら外国人の方に「fふghfdjkskd」みたいに話しかけられて、よく理解できなかったから得意の引きつった笑顔で「djshjkfsjfhふぇ」みたいな返しをしたと思う。
星は見えたか覚えていない。
寝た。

▽7/18 (1日目)【起床(4:30)→戸台大橋(5:25)→北沢峠(6:10)→甲斐駒ケ岳山頂(11:00)→北沢峠長衛小屋(14:00)→就寝(18:30)】
朝4時に起きて、「眠い目をこすりながら起床。お湯を沸かし、コーヒーを片手に朝日を眺める」なんて優雅なことはできないのでテントを即座にたたみ、昨日の夜買った安いパンを食べた。北沢峠まではバスで行けるから、チケットを買い列に並んで待っていた。藤井先輩と大森は地形図を見ていた気がする。。雲行きが怪しいのと寒いのと寝不足のトリプルパンチで心は震えていたが、バスは何事もなく北沢峠に着いた。休憩をはさみながら、頂上まで向かう。途中雨が降ってきてさらに風まで吹いてきたので、稜線を歩いた時は震えていた。正直、天気が良くないと、山登意味…なんて考えてもいた。結局、なんとか頂上に着いた。普通ならp缶を開けてゆっくり過ごしたいところだったが、寒すぎなんで写真を撮り、即座に逃げた。写真の僕の顔は相変わらず、引きつった顔をしていた。
星は見えたか覚えていない。
寝た。

▽7/19 (2日目)【起床(3:00)→仙丈ヶ岳(8:08)→大頭(10:20)→北沢峠(11:10)】
この日は朝から快晴だった。出発は4:30分になってしまったのでもたもたしてしまったと思う。のこのこと登っていき頂上ではおじさんに写真を撮ってもらった。おじさんはいつでも優しい。p缶は小屋のベンチに座って、温かいコーヒーか何かと一緒に飲んだ気がする。良い。下山し、最後は車で揺られるだけだった。気がついたら大岡山だった。先輩方の運転に感謝しつつ、自分に後輩ができたら下山後に運転なんてできるだろうかなんて思っていた。
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鳳凰三山 7/11〜7/12

 2015-07-12
筆:鈴木(B1)

CL・医療:夏目(B3) SL・装備:井上(B3) 記録:鈴木(B1) 食当:森本(B1) 気象:田中(B1)

7/10 (0日目)【大岡山(20:36)→甲府(23:30)】

四川で腹を満たした後出発。少し早めに出て武蔵溝の口の緑の窓口に寄ろうという作戦だったのだが、どうやら緑の窓口の営業は20:00までらしい。くっ、してやられたっ。以後気をつけたいものである。

甲府駅に到着。毎回、山の麓の駅の空気はいつもの空気と違うなあと思う。気のせいだろうか。
さて甲府はステ寝ブームなのかたくさんの登山客が甲府駅に寝ていた。かなり賑わっていて騒がしい中、就寝。

7/11 (1日目)【起床(4:00)→甲府駅(4:35)→夜叉神峠登山口(5:55)→南御室小屋(10:10)】

起床しバス停を見るとすでに長蛇の列が。みんな朝早いなあと感心しつつバスに乗り込む。なんとバスガイド付きという謎仕様でとても楽しかったが、話に集中しすぎて、寝れなかったのが悔やまれる。バスガイドさんによるとどうやら昨年崩落があったらしい。

夜叉神峠登山口到着。相変わらず人がたくさん。鳳凰人気だなあ。

体調が芳しくないメンバーが2人いたが、入山。
ドキドキ読図タイムで向こうの山を当てようと試みる。地形図に載ってる山を答えるが、あの高さは北岳だろ!!とつっこまれる。た...確かに...。1年はまだまだ修行が必要である。

予定時刻よりかなり早くテン場に到着。体調不良者もいたのでちょうど良かったのかもしれない。

南御室小屋はすごく綺麗なテン場でテンションが上がる。落ち着いてから差し入れでいただいたスイカを食す。到着してすぐ冷やしておいたのだ!...うまい...甘い!
差し入れスイカか〜皮のゴミ出るしな〜持ってきづらいし〜
とかなんとかみんなで文句を垂れていたような気がするが、熱い手のひら返しの後、スイカの差し入れ肯定派多数となったような気がする。何より唯一の懸念材料であった「スイカの皮」がかなり薄く、ほとんどゴミとならなかったことが決め手となった。差し入れいつもありがとうございます!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

スイカも食べ終わり昼寝の後、晩飯を作る。具材が大きすぎてなかなか火が通らない。これは反省せねば...。なおホワイトシチューの予定であったが部室にじゃがいもを忘れじゃがいもなしシチューとなった。じゃがいもを無駄にせず食べてくれた岩パに感謝である。シチューは長い時間煮込まざるを得なかったおかげか美味しくできた。ごはんもまずまず。ただ調理時間が異様に長かったので気をつけたいと思った。そういえば調理中に田中が「分からせてやろうか」と虫に対して残虐ないじめをしていた。サイコパスかと思った。

就寝前、田中の気象図を見る。井上先生チェックはパスしたが夏目さんチェックはパスできなかったらしい。精進せねばな...。また、夜目覚めると満天の星空であった。素晴らしい。

7/12 (2日目)【起床(2:30)→南御室小屋(4:00)→薬師岳(4:55)→観音岳(5:30)→地蔵岳(6:40)→出発(7:45)→五色滝(8:40)→鳳凰の滝付近(9:40)→青木鉱泉(11:40)→韮崎駅】

ハネウマライダーで起床。ラーメンもち。このもち美味しい。水場で水を汲み出発。南アルプスの天然水が飲み放題とは何て贅沢なんだ。

薬師岳に到着。日の出。雲海。富士山。うわー絶景。生きてて良かった。それくらいの景色だった。ピー缶を開ける。桃の缶詰は安定して美味しいなあ。ここから観音、地蔵とつなぐ。砂浜みたいな砂地が多く、なんだか新鮮。山頂から山頂へ繋げるときが一番気持ちがいいなあと思いつつ地蔵岳着。井上先生が高校時代からの野望であったというオベリスクの上での昼寝に向け、オベリスク登頂に挑戦する。だがロープの信用性がなさすぎる。井上先生は無事登頂し無事降りてきたが、登った後(降りられる気がしなくて)軽く絶望したと言っていた。自分はめちゃくちゃ怖そうだったので登ってる風の写真を撮り、オベリスクを後にする。

下山。下山は長く精神的にも肉体的にも非常に辛かった。

今回の山行で反省点が多々見つかった。次に生かしたい。ただ天気に恵まれ、とても良い山行であったように思う。アルプスの山々に圧倒されているときの、先輩の「これがアルプスのスケールなんだよ!」という言葉が印象深かった。いろんな山を登りたいと思った。
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7/11~12 北岳

 2015-07-11
筆 武山
CL 西脇  

北岳0日目
 日本で2番目に高い山に登るということで、おそらくキツイ行程になるんだろうなと思っている中、八木先輩が何やら大きな箱を笑顔で部室に持ってきた。なんとスイカらしい。自分としてもスイカは大好物だし夏だしとてもうれしい差し入れだったのだが、如何せん重たい。結局永井と中山が持つことになり胸を撫で下ろしたところ、永井がすぐにスイカを割ってしまった。何やってんだと思いながらとりあえず出発[20:10]。車内でsupercell流してくれた神宮司さんGJです。そして到着[00:00]。星が綺麗で感動した。

北岳1日目
 快晴。出発した[06:55]。登山口に着くとすぐに山頂が見えた。「もう見えるじゃんwwwすぐ着くwww」と思っていたのは明らかなフラグだった。二回目の休憩[09:00]までは全然辛くなく「行けるっしょー」って感じだったが、スイカ持ちの二人がスイカの重さについて説いてきたのでとりあえず一個消費することになった。出発前に割った永井のスイカが優先されたが、彼がここまで見越してスイカを割った説が浮上し、彼の頭の良さに打ちひしがれた。
 
 ここまでのんびりハイキングって感じで正直舐めていたが、ザックアップから5分後、無事絶望。急な勾配が無限に続いているような鬼畜コースであった。実際、12月現在でも今まででダントツで一番のきつい道のりだった。キツすぎて「キツイ」以外の思い出がなく、これ以上書くことはない。とにかくキツかった(割愛)。手元のメモを見ても、n回休憩したって書いているあたり、メモする気力もなくなり思考停止していたことがうかがえる。
 
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 山頂までずっと急な勾配が続き、また北岳ってこともあり、高山病のような症状が出る人が数人現れた。自分は幸いそのような症状が出なかったが、おそらく辛かっただろう。特に野口先輩は風邪ひいているのにも関わらず登っていたのでとても辛そうだった。というかなぜその状態で登れてたのだろうか。野口先輩強い(確信)。

 そんなこんなで山頂に着いた[13:00]。なんという達成感、なんという疲労感、そしてなんという満足感だろう。360度あたりを見渡してもどこよりも高い。多少雲が出てきてたが遠くの方に富士山も見えるほどよい天気であり、絶景だった。
 この看板を見た時はなんかもう泣きそうだった。
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 そして北岳山荘まで一直線に向かう。さほど遠くなく1時間についたが、高山病の人たちにはきついらしい。テントを張り次第すぐに横になり始めた。

 夕飯は牛丼であった。保存のためにあらかじめ牛肉に大量の塩を振っていたのにもかかわらず、おもむろに塩を振りかけまくった某氏の活躍により、今日大量に出た汗による塩分を補給することができた(実際は砂糖と塩を間違えていた)。ご飯の出来は標高から察していただきたい。

北岳2日目
 高山病者は未だ復活の兆しを見せない。そのため、間ノ岳に行くことになったのは西脇先輩、自分(武山)、永井の3人となってしまった。夜明けに出発[3:18]。4:45頃に日の出なのでそれに間に合うよう出発した感じだ。道はかなり平坦であり、とても登りやすく、すぐに山頂についた[4:35]。すると5分後くらいに日の出が始まった。
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 雲海にぽつっとあらわれる富士山に朝日が煌々と照らしている幻想的な世界が広がっていた。
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 クソ画質で申し訳ないです。。。

 山頂はとても寒くとても7月とは思えなかった。雪も残っていた。また、御嶽山の方向からなにやら硫黄のにおいがしており噴火怖いなぁって感じであった。
 山頂で少しのんびりし終わり出発した[4:48]。到着[5:37]。帰ってくると、6テンでぐっすり寝ている高山病者の姿があった。快適だったらしい。まだ体調の悪い人もいたが、高山病なので標高を落とすためにもすぐに下山[6:35]。下山途中雪が残っているところもあり、何回か転んでしまった。
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三回ほど休憩をはさみ、10:15、下山した。

 
 日本二番目の山、行程こそきつかったがものすごい絶景が広がっており、登山のよさを凝縮したような山行だった。この冬、冬山で北岳行く猛者がいるらしい。頑張ってください。
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