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大学生登山リーダー春山研修会(山スキー班) 2013/05/22-28

 2013-05-29
筆:八木(B2)
メンバー:八木、相馬、木内、澤田、杉沢、杉坂講師、佐伯講師

4月の新歓鍋パーティーで文登研に行く流れになり、色々手配してみた結果、授業をさぼって春山研修会に行くことが実現してしまった。結果的に、非常に成果のある素晴らしい経験になりました。

入山中の行程:
1日目【登山研修所~室堂…(滑降)…雷鳥沢野営場付近…真砂のコル…(滑降)…内蔵助平(テント泊)】
2日目【内蔵助平…ハシゴ段乗越付近…(滑降)…真砂沢出合付近(デポ)…(剣沢滑降)…近藤岩…北俣…平の池…池平山直下…(滑降)…近藤岩…真砂沢出合付近(テント泊)】
3日目【真砂沢出合付近…長次郎谷出合…熊ノ岩…長次郎のコル…剣岳…平蔵のコル?…(滑降)…平蔵谷出合…剣沢…夏山前進基地(テント泊)】
4日目【夏山前進基地…剣御前付近でスキー訓練…剣御前小屋…(滑降)…雷鳥沢…(搬送訓練)…室堂~登山研修所】

◆5月21日
申し込みが遅かったせいで事前課題、装備準備等々全てが後手に回ってしまい、慌ただしい出発となる。富山行きの高速バスに乗り込んで立山に向かった。

◆5月22日
早朝の立山に降り立ち、緊張した面立ちで富山電鉄の電車に乗り込む。そういえばこの電車は去年の夏合宿の帰りに使ったような。周りを見ると文登研で来たであろう人達が沢山いた。1時間ほどで登山研修所に到着し、割り当てられた名簿を見ると、何やら見覚えのある名前が…一橋大ワンゲルの相馬さんだった。

相馬さんは去年行われた関東ワンゲル交流会を主催した方で、まさかこんなところで再度会うとは思っていなかった。スキー班はやはりメジャーではないらしく、他の班の6人に対して5人しかいなかった。今回一緒に過ごすことになったメンバーは一橋大ワンゲルの相馬さん、木内さん、京都大山岳部の澤田さん、富山大ワンゲルの杉沢君。話を聞くとスキー班なのに皆クライミング経験が豊富で早速圧倒されてしまった。

この日はルート選定、食糧計画、装備点検など。意外にも計画は柔軟らしく、佐伯先生の提案で山スキー班は全装背負っての長距離縦走を行うことになった。もともと剣周辺はスキー向きではないのだが、広く使えばよい斜面がたくさんあるそう。まさか池平山方面にまで足を伸ばせるとは思っていなかったので大いに喜ぶと同時に体力面で不安を覚える。

食糧計画をメンバー間で相談するが、食糧しっかり派と徹底軽量化派で意見が2分する。スキーに於いては確かに軽量化したほうが楽しいのだが、夕食お茶漬けと言われた時には猛反対した。京大などは夕食にアルファ米+カレールーだけのカレーというときもあるらしい…結局前半はしっかり、剣アタック日の食事はアルファ米や春雨で軽量化を図った。

装備点検はとりあえず大きな問題はなかったものの、ビーコンに関しては「使えない」と一蹴されてしまった。買い換えようにもお金がなく、部としては大きな課題に。テントを借りに行ったところ、新品のゴアのテントをもらえた。流石に日本唯一の研修所なだけある。

自由時間こそ少ないものの、所内は快適でリラックスして過ごすことが出来た。

◆5月23日
6時ごろ起きて立山駅周辺で朝の清掃をする。清掃といってもごみを見つけるのが難しいほどだった。
午前中はナビゲーション技術の授業。不意に眠気に襲われて小突かれるなどしていたのだが、内容的には一番感銘を受けた授業だった。決まったルートのない雪山だけに気を一層引き締める。

午後はホワイトアウトナビゲーションの作成とロープワーク実習。ホワイトアウトナビゲーションとは吹雪などで視界がない場合にコンパスとごく近くの地形のみから現在地を把握、進むためのものだ。チェックポイントをこまめに配置し、各地点間でのコンパスを切る方向、高度、距離を整理していく。ロープワークではスキー班ということでフィックスロープの設置・通過法、懸垂下降の練習を行った。ロープワークは皆慣れたもので、普段ロープワークをやらない自分は手順を覚えるだけでも精一杯だった。懸垂下降の登り返しは初めて聞くテクニックで、実用度も高く感じられた。

夕食後はパッキング。他の班が所狭しと大量の装備を敷き詰める中、我々の装備は異常に少なかった。ザイルも1本、個人装備もカラビナ4枚、テープ3本でGW立山の重さはなんだったのかというくらい軽くなってしまった。重さを計ると水なし18kg程度。澤田さんのザックなどはどうやったらあそこまで小さくなるのか、というほど小さくまとまっていた。GWでかかとの皮がはがれたのでどうにかならないか相談したところインナーブーツを熱湯に入れるという荒業で再熱整形を行っていただいた。装備忘れの不安に襲われながら就寝。

◆5月24日(入山1日目)
いよいよ入山である。あわただしく外に出て装備を持って出発。講師陣はスキー移動が多いらしく板だけは別に送ってもらう。乗り物を乗り継いで室堂へ。高度順応で1時間ほど待機してからいざスキーを履いて出発。

入山中は区間ごとにリーダーを交代することになった。初日のリーダーは自分。とりあえず様子見で講師先導の元雷鳥沢へ。危険な地形に関するレクチャーを受けつつ横滑りの練習。1人ずつ急斜面を滑走したが自分は動きがぎこちなく最後転んでしまったように思う。澤田さん、杉沢君はうまい印象。相馬さん、木内さんは難儀していた。スキーと身体の連携がうまく取れないので余計な体力を使ってしまう。


>雷鳥沢で入山写真

まずはGW途中まで登った真砂への登り。まともなトップは事実上初めてなので舞い上がってペースが掴めない。急斜面の斜登高では効率よく登れているかまるで判断がつかない。地形をよく見て、急斜面を避け一定角度で登ることを教わる。ところが真砂の手前に着くころには早くもバテバテでトップ脱落。不甲斐無い。


>登りは決して嫌いではないが。。。

やっとこさ真砂岳南のコルに乗って内蔵助平への滑降開始。トップなので当然先頭を切って滑り降りる…楽しい!
天気は快晴、雪質も申し分なく、ハイテンションで滑降。後続を待つが、相馬さん、木内さんがなかなか降りてこない。後で板を確認したらかなり細身の板でバランスがとりにくそうである。講師陣が高そうな超ファットスキーを履いているのと比較すると乗りやすさに差があることは間違いなさそうだった。


>疲れも吹き飛ぶ大斜面

美味しい斜面を頂いたあとは斜度40°の1枚バーン。一度コケて板を流したら一巻の終わりなので慎重に行く。とはいえ雪質が良いのでそれなりに滑ることが出来て気分が良い。滑っては後続を待ち、を繰り返す。雪崩に襲われない場所を選んで休憩を取る。

後半になると相馬さん、木内さんも慣れてきてパーティーの滑走ペースもよくなった。時間はかかったものの無事内蔵助平に到着し、適当な所でテントを張った。天気もいいのでテント2つの間にタープを張ってアウターブーツ置き場と机を掘った。気温も高いので下手すれば夏山より快適といえるくらい。自分たちの滑ってきた道のりも一望できて、満足度の高い1日だった。

夕食はキムチ鍋。米炊きが成功するか不安だったものの無事成功。よかったよかった。


>快適ゴアテン


>あんなところを滑ったのか…

◆5月25日(入山2日目)
我々の技術を鑑みて出発は雪が柔らかくなるまで遅らせて出発。ハシゴ段乗越を経て北側に下る。登りはクトーが効いて登りやすいと思っていたが、斜面が急になるにつれて雪も解け始めて辛くなる。やっとこさっとこ登り終わり、これまた立派な斜面を滑走開始。

北側斜面なので流石に雪が固い。滑り方が悪いのか時々板が引っかかってあらぬ方向に流れそうになる。調子に乗っていたら思いっきり板をひっかけて開脚、そのまま転がるように転倒してしまった。相馬さん、木内さんもこけていて情けない3コケ写真が撮れてしまった。


>大転倒

ビビりながら剣沢との出合に到着、必要のない荷物をデポして軽身で池平山に向かう。近藤岩から先は比較的狭い沢なのだが、各所に雪崩の跡がはっきりとみられる。講師の指示に従い、リーダーが何m間隔でついて来ればよいか指示を出して、距離を置きながら危険個所を通過するスタイルをとった。

前を見るよう注意されながら池平山直下の台地に上がると、見えるは雄大な大斜面。これからここを滑るかと思うとテンションが上がって仕方ない。しかしながら気温が高いせいか雪は不安定で、登り始めてしばらくすると真上で雪崩が発生、雪の塊がすぐそばをかすめていった。いくら小さい雪崩とはいえ、ぶつかったらただでは済まなかっただろう。おいしい斜面にはリスクが付き物だということを実感する。


>スケール感たっぷりの大斜面

その後はひたすら登るのみだが、さすがに広い斜面なので進めど進めど上にはたどり着かない。そうこうしているうちに計画で決めていたタイムリミットに来てしまったので、山頂はあきらめて下ることに。昨日と違い皆スイスイ降りていく。技量の心配もあって下りの時間を長めに設定したのだが、あっさりと近藤岩まで下れてしまった。滑降は楽しいのだが、いかんせん筋力不足で滑っては止まりを繰り返す感じであった。


>登ってきた斜面を満喫

デポ地点から少し進んで真砂沢ロッジの真上付近でテントを張った。この日も風こそ強いが相変わらず完璧な天気で、この日も外で夕食をとった。澤田さんはすべてテント内で行いたがるようで、外の夕食はあり得ないといった様子だった。佐伯先生が途中採ってきた行者にんにくとミートボールを合わせて炒めたものはとても美味しく、愉快でありながら学ぶことの多いテント生活だった。明日はいよいよ剣へのアタックだ。



◆5月26日(入山3日目)
この日は長丁場になるのでやや早めに行動を開始。まずは剣沢をサクサク登っていくが、GWのころより雪がデコボコに溶けてきており、足場が不安定で難儀する。体力不足がモロに出て、長次郎谷出合に達した時点でややバテ気味であった。あの時は見るだけたった谷に入るとあって緊張する。

長次郎谷は斜度のかなりある急斜面。他の皆はそこそこのペースで上がっていくのに、自分はというと足を前に出すのが精一杯。杉坂先生に活を入れられながらなんとか登っていく。途中で相馬さんに荷物の一部を持ってもらってとにかく前に進んだ。下を見るとどうやら別のパーティーも来ているようだ。

熊の岩を過ぎるといよいよ急斜面で、少し油断するとすぐずり落ちてしまう。遅々として進まない我々を置いて先生方は先に登っていたのだが、突然上のほうでやや大きめの雪崩が発生、上を見やると先生方は見えないがどうやらしっかり雪崩のラインからは外れているようだった。緊張しながら歩みを進めるが、途中で上からツボ足で上がるようにとの指示。シートラで1歩1歩息を切らして登る。ところがスキーを脱ぐときに大失態。クトーを置いてきてしまった。それに気づいたのは既に剣沢に降りた時で、体力気力の切れた状態だとヘマを犯しやすいことを嫌が応に体感する苦い経験となった。

やっとの思いで長次郎のコルに到着。この先がやや急な雪壁となっていて、佐伯先生が偵察で登ったのち我々が登ることになる。ピッケル・アイゼン装着の元ピッケルを刺しながら登るが、雪が柔らかい上にそこまで雪も深くないのでなかなか思うように登れない。そもそも雪と岩のミックスを登ること自体初めてなので当然なのだが。

杉坂先生に叱られながらなんとか登っていくが、ここで第2の事件発生。事前調整したつもりだったアイゼンの右足が外れたのだ。自分の安定がろくに取れない状態。今思えばずり落ちるだけならそこまででもなかったのかもしれないが、その時はもう頭の中は恐怖で一杯だった。幸運なことにすぐに上に上がった相馬さんがザイルを降ろしてくれたので、マッシャーで確保して一安心。必死で登り切った時には正直膝ガクガクの状態だった。クライミングの技術が甘いのは部で機会がない以上どうしようもないのだが、アイゼンが外れたのは痛恨のミスだった。己の未熟さと安心感で少し泣きそうになる。あの状況で素早くザイルを出した相馬さんの判断と技術に感謝した。


>この直後にアイゼンが外れた

その後はなぜか僕がトップをもらい剣の山頂を目指す。正直体力も気力も限界近かったのだが、息も絶え絶えの状態で歩く。途中本部の方々に檄を飛ばされながら登頂!我々は5月の剣の頂に立ったのだ。皆で雄叫びを上げる。


>念願の剣に登頂

つかの間の感動を味わったものの、まだ山行は終わっていない。平蔵谷滑降である。佐伯先生は山頂から滑り始めるが、我々にそのような技量は当然ないので、比較的安全なところまでシートラで降りる。しばらくは雪と岩の混ざった斜面を慎重に降りていくのだが、雪上歩行に慣れていない上に体力を奪われているのでなかなかバランスが取れない。歩き方をその場で調整していく。どうやら去年の夏合宿の登りで通ったはずの場所なのだが、スキーを付けて兼用靴で歩くとなるとまるで勝手が違う。足を置くポジションを後続に教えながら降りる。

そのあとはさらに急になっていたのでバックステップ。1歩1歩しっかり蹴りこんではピッケルを刺して上半身を支持する。これまた初めての経験で、ピッケルを振るのもしんどい。遅れをとりながらもやっとの思いで下に降りる。一方佐伯先生は我々が降りているそばをスキーで駆け抜ける。うらやましい。


>それゆけバックステップ

滑れる斜面に降りたころには他班もとっくの当にグリセードで消えてしまっており、ふらふらの状態で滑降開始。平蔵谷の斜面はすっかりデコボコに荒れており、自分の実力と筋力ではまるで太刀打ちできない。当然数えきれない回数転倒する。後半は立って姿勢を維持するだけでもやっとで転がり落ちる、と言っても過言ではない散々な滑降だった。

あとは前進基地まで登り返すだけだが、GWの再来でやはりしんどい。前進基地に着いたときは心底ほっとした。この日は最初から最後まで迷惑をかけ続けた日だった。

疲れで体が思うように動かないものの、あとは夕食作り、水づくり等をこなすのみ。ついさっき剣の山頂にいたとはにわかに信じがたかったが、夢心地でこの日の夕方を過ごし、床に就いた。ちなみにこの日も夕食は外で、講師にもあきれられる始末だった。




◆5月27日(入山4日目、最終日)
佐伯先生曰く、5時半までに出発する準備が整っていればスキーレッスンを行ってくれるという。当然張り切って朝食、撤収作業を行ってしっかり間に合わせた。僕がクトーをなくしてしまったので申し訳なく思いつつ、やや緩めの斜面を選んで登ってもらう。


>空身のほうがやはり滑りやすい

途中荷物をデポして佐伯先生のスキー講習。荷物がないせいか昨日と打って変わってそれなりに滑れてしまった。安定しないなぁ…

雷鳥沢はGWのころより雪が減っていたので途中までシートラで降りてからの滑降。一見すると広い沢地形を選びがちだったのだが、尾根のほうが滑るラインを選択しやすいことなどを教わる。


>体力不足…

ラストはツェルトを使った搬送訓練。時間も押しているので適当な荷物をポイポイ詰めて行ったが、スキーで歩くこともままならない上に引っ張らなくてはならないのでヘタレっぷりを全力で発揮。長次郎谷の詰めもつらかったが、この搬送訓練も身体・精神ともにくるものがあった。リーダーの道は遠く険しい。時間ぎりぎりで室堂に到着、充実感のうちに山行を終えた。

◆5月28日
最終日は記録整理と総評、各班の発表。講師の先生からは「口先を動かす前に行動で示せ」というお言葉をいただいて現状のふがいなさをかみしめた。とはいえ幸いにも自分を鍛える期間はほかの人より残されているので、基礎体力をはじめとしてリーダーにふさわしい判断力・統率力を身に着けなければならないなと気持ちを引き締めた。

解散後は班で京大山岳部と数十年来の付き合いという富山の居酒屋に連れて行ってもらった。店内はそこらじゅうに魚の干物がつるしてあって雰囲気抜群。部の運営はどの大学も苦労しているようで、登山という活動の難しさを垣間見た。打ち上げを終えて皆と別れ、高速バスで明日の授業を受けに東京に戻って研修を終えた。

◆まとめ
ノリで言った発言がきっかけでとんとん拍子にことが進んで、結果として人生に何回も経験することのできない貴重な体験をすることができた。大学の部という性質上、時間の経過とともに知識や技術が劣化しがちなので、外部の刺激を受けたり、プロの指導を受けることは個人にも部にも良い影響を与えると思う。後輩たちにもぜひぜひ参加してほしい。
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トレ山 笠取山・唐松尾山・飛龍山

 2013-05-20
筆:太田口
メンバー CL&医療:太田口(B2) SL&装備:越野(B2) 気象:井上(B1) 食当:西脇(B1)


0日目

 GWに行った金峰山・甲武信ヶ岳は雪に覆われていた.今回は新入生(登山経験なし)がいるので標高が低めの山に行こうと思った.どうも井上が飛龍山に3年間恋焦がれているらしい.そして山行を計画しようとしたタイミングは,すずかけ祭により2泊3日の山行が可能である. 体力的に無理をさせないようにと,俺が奥秩父主脈で金峰山~瑞牆山荘以外で唯一行ったことのない雁坂峠~飛龍山間に行くことにした.しかし最初のトレ山が2泊とはいかがなものか.2年の藤井ですら未だに山中で2連泊はしたことがない.更にいうと越野に対してはこの山行が2泊3日だという事は山行直前まで話していなかった.話していないことに自分でも気付いていなかった.そうして人生で山行が2回目という西脇をはじめとして哀れな犠牲者が3人道連れにされることになる.
 前日の夜は勘の七沢の沢登りのメンバーも部室泊しているので騒がしい.みんなで鍋パーティを行っていた.テンションあがりすぎて俺の睡眠時間は1時間半ほどである.


1日目(大岡山→武蔵小杉→立川→山梨市→道の駅みとみ⇒雁坂峠⇒雁坂小屋)

 睡眠不足だったので電車とバスでは爆睡していた.そして到着するのは2週間ぶりの道の駅みとみである.GW以来2週間ぶり4回目の道の駅みとみである.俺はなぜこの場所にこんなにも来ているのだろうか.みとみで装備を揃えて出発すのだが.数分登山道を通ってからずっと舗装路である.1時間程舗装路を歩いて登山口に到着する.登山道に入る.30分進んだところにある河原で全員水を汲む.水を汲んだ後,ちょっと水で遊んでいた.テンションは沢登りで入渓点に到着したときのそれである.さらに進む…が,ここでちょっとしたアクシデント.西脇の足が攣ったという.それから笹で覆われた地帯に到達するまでにもう1回西脇は足が攣った.西脇は歩き方におかしな癖がついているのか,足が攣りやすいようだ.気持ちは分かる.俺は毎回足が攣っていた中学時代の部活を思い出していた.その後,峠まで井上と見えている山が何なのかという議論を交わしながら登った.角度的に他の周りの山が隠れているだけで手前の独立峰っぽいのが大菩薩嶺,奥の雪を被っているのが南アルプスということになった.

 峠に着いたらもうこっちのものである.もう十数分下りるだけなのである.時間は余っている.本日の行程は小屋まで行ってテント張ってクラムチャウダーと夕飯で終りなのである.突如彼女の名前を叫ぶ越野.雁坂嶺の頂上まで行くかという話になって「行くのやめチャウダー?」と言い始める越野.それに釣られて「小屋まで行っチャウダー?」と言い始める俺.雁坂嶺の頂上に行くことを主張する新入生井上に対して我々2年生はクズである.その後も塔ノ岳パーティの差し入れについて東女はチェリーを食べるのか,東工大は桃を食べるのかなんていうしょうもない話をして雁坂峠で実に1時間以上の時間を過ごした.余談であるが, 越野曰く語尾「チャウダー」は島根の方言の語尾が「ダー」なので効率がいいらしい.また,越野が彼女の名前を叫んでいたシーンを井上が録画(音声付)していたので山行中煽られていた.
karisaka

 結局峠から小屋まではたったの10分だった.俺はテン場代を払いに行った先で小屋の主人と長話をしてしまった.最後には大企業に就職しろよとまで言われてしまった.テン場に戻るとテントは張り終わっている.俺の出番なし.銀マットをザックから出そうとしたらなぜか濡れている.嫌な予感がしてシュラフを出してみるがやっぱり濡れている.ポリタンクの水が500ml近く減っていた.しっかり蓋がしまっていなかったようだ.天気がいいので濡れてしまったザック本体とシュラフを乾かすことにする.トレッキングポールを物干し竿のように使ってみた.
 装備を干したらポカポカ陽気なので昼寝することにする. 起きたら夕飯の準備がほとんど終わっていた. リーダー太田口完全に出番なしである.役立たずである.やわらぎのクラムチャウダーを啜りながら牛丼の完成を待つ.今回の夕飯の牛丼は山特有の食べても食べても米がなくならない魔法の夕飯ではなかったが,食べても食べても玉葱がなくならなかった.結局魔法の夕飯であることには変わりないのだが今年の1年生は何か違うのかもしれない.ともかく何の抵抗もなく米を食べられた時点で西脇GJ.夕飯を食べたら就寝である.


2日目(雁坂小屋⇒雁峠⇒笠取山⇒唐松尾山⇒将監峠)

 起床は3時である.そして朝食はリゾット.朝食にしては料理に手間がかかった上,米に芯が残っていたが,リゾットなので芯がちょいちょい残っているくらいの方がうまい.西脇の選定は素晴らしい.特に手間取ることもなく5時には出発できてしまった.前日が金曜日だったという事もあってかテント場を利用したのは他に1人しかいなかった.雁坂峠まで戻ろうとしたが,ここで後ろから声を掛けられる.地形図を見ると小屋から別の道があり,その方が近道だという.地図をしっかり見るなんて1年生偉い…少なくとも俺よりは.小屋まで戻ると確かに別の道があった.そちらを進むことにする.稜線に出ると遥か遠くに富士山などが見える.そして何故か自分たちは雲海の上にいた.越野と西脇が富士山富士山騒いでいる中,俺は南アルプスを見ていた.この時期の南アルプスは雪を被っていて素晴らしい.去年は自分が膝を痛めて甲斐駒ヶ岳から敗退してしまったから,リベンジしたくなった.少し進むと水晶山なる山に到着する.実はこの山,本山行で最高標高なのである.展望はない.大菩薩嶺を髣髴とさせる山頂であった.そこから雁峠まで下りる.他の3人の写真を撮るために駆け降りる.ああ,トレランシューズ欲しい.
karitouge

 雁峠はかなり開けていた.次に進むであろう笠取山も見える.雁峠にある富士川,多摩川,荒川の分水嶺に辿りつくと笠取山頂上まで一本道である.しかも急登である.少し気分が萎える.そしてその手前に不思議な物体が転がって(?)いる.錆びて赤茶色になったトラックである.
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 俺,越野,西脇の3人で井上の登りでのスピードが全く落ちないことについて話しながら頂上に辿り着く.笠取山の頂上は南側が開けている.今自分たちが来た道が一目で分かる.峠は降りたところにある,という事を理解しやすい.出発予定を1時間早め,天気も快晴,展望良しなのでコーヒーを飲むなどしてのんびりした.
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 さて,頂上を出発して稜線上を進むことになるのだが,岩場である.西脇は岩場が嫌いなようだ.そして10分ほど進んで行った先には笠取山頂上を示す標がある.思い返してみると,甲武信ヶ岳~雲取山の主稜線は甲武国境稜線なのだから他の山と同様に笠取山の山頂にも山梨県のボロいけど味がある山頂標と埼玉県の立派な山頂標が立っているはずなのである.しかし先ほどのんびりしていた山頂には埼玉県版の山頂標は存在しなかった.この山ではどうも山頂の覇権は行われず,平和的にお互いが山頂を有する事になったのかもしれない.でも今は,そんな事はどうでもいいんだ.重要なことじゃない.我々は先に進むだけである.
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 やがて分岐に辿り着く.唐松尾山を巻くか否かの分岐である.ここで山行計画書を確認.唐松尾山のピークを取ることになっている.巻くことはゆるされないらしい.ここで井上から,

「ここに2つ山があるとします.片方の山だけ登ってもう片方の山に登らないなんて事をするんですか?」

との言葉を頂く.明らかに真面目な台詞だと思うのだが一部の人々には卑猥な比喩に聞こえてしまったようだ.唐松尾山を半分ほど登ったところで小休止.休憩中に,東女との合同山行で他の部員が楽しそうに登っていることを想像した井上が休憩終了とともに走り出す.越野にそれを追わせ,俺は西脇とゆっくり登る.途中で登れそうな岩があって直登したりと楽しんだ.唐松尾山頂上にて越野,井上と合流.唐松尾山も展望はない.結局展望があるのは本山行では笠取山だけのようだ.唐松尾山から将監峠までの道は土砂崩れが発生した後が多数見られた.そして将監峠から将監小屋までの道は飛行機が通れそうなのではないかと思う程広かった.
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 さて,テント場であるが.寝不足らしくて西脇の食欲がなかったので残る3人で差し入れのいか飯を食べる.時間がまだまだあるので今日も昼寝.起きたらまた夕飯の準備が始まっていた.リーダー太田口いらない子.マッシュルーム洗いだけ手伝う.そして就寝.


3日目(将監峠⇒飛龍権現⇒飛龍山⇒飛龍権現⇒前飛龍山⇒熊倉山⇒サオラ峠⇒丹波)

 3時起床,朝飯が早く準備できたのでこの日はなんと4時半に出発できてしまう.そこから飛龍権現までの道の半分以上は同じところを周回しているのではないか,と思えるような道だった.だが,鹿の死体が一体しかいなかったから周回しているのではないことは分かった.そして飛龍権現まであと少しという場所であるが,なんか禿岩と書かれた場所がある.ちょっとした展望台のようだ.少し寄り道する.眼前に富士山が現れる.下界が雲に隠れていて幻想的であった.昨年のパーティはこの景色を見ずに下山してしまったのか.なんとも勿体ない.この場所から飛龍権現までは結局5分もかからなかった.
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 飛龍権現で荷物をデポする.飛龍権現から飛龍山までの道であるが,飛龍山の山頂標は見落とすという前情報があったため,慎重に探す.結局開けた土地の端,飛龍権現側からでは奥にあったので見落とすことはなかった.去年のパーティは逆から飛龍山頂に着いたので陰になっていたのだろう.

井上「僕は3年間飛龍に恋をしてきましたが,いざ叶ってみると大したことはないんですね.人生ってこんなもんですよね.」

井上はどうも世界の真理に一歩近付いたらしい.飛龍山頂,展望無しである.長居しても仕方がないので戻る.
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 去年飛龍権現先で藤井が足を挫いたので慎重に下りる.だがちょっとした岩場があっただけでそこまでの難所はなかった.熊倉山より先にはオレンジの防弾ベストを着た人がちらほら.猟師の皆さんである.

 サオラ峠直前にて少々問題が発生.どうも西脇が膝を痛めてしまったらしい.俺がトレッキングポールを貸し,共装を分け,ゆっくり進むことにする.最後の下りは急で下手すれば俺も膝をやられたかもしれない.麓まであと少しという場所で道が二手に分かれている.そのまま下に進む道と曲がっている道である.どちらが正しいか分からなかったので俺と越野で分かれて偵察に行く.どうも自分が進んだ道は畑から道路に繋がっているようだ.戻ろうとすると西脇がこちらに進んできていた.そしてあろうことか,「俺達"は"こっちから行く!!」という言葉とともに越野と井上が駆け降りてしまった.どちらの道に進んでも麓は目と鼻の先なのだから降りられるに違いない(地形図を見る限り俺の方が正解なのだが…).結局最後の下山を二手に分かれて行うことになった.最後は畑の上に作られた登山道(?)を進み,電気柵をいくつも通過し,舗装道路に出た.サオラ峠の方向を示す看板があったので間違いはないようだ.あちらもしっかり下山できただろうか.
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とりあえず青梅街道(…であってるかな,あのバスが通る道)に出る.少し進むと向こう側から2人がやってきた.しかも謝ってきた.謝るくらいなら勝手に進んで行かないでくれ….バスの時刻を調べるとあと1時間もない.昼飯か温泉かを選ぶことになったが,結局は温泉を選ぶことになった.バス停に荷物を置いて丹波山温泉に浸かりに行く.結局温泉の前にもバス停があったので荷物を置いてきたのは失敗だった.時間を気にしながら温泉に浸かり,途中1回も停車しない謎のバス(実際は3台編成で鴨沢や峰谷からの客は他の車両に乗っていたようだ)に乗って奥多摩駅前で昼食を食べて本山行は終了である.


参考までにこの山行での1年の評価を

井上 高校時代山岳部に所属していただけあって知識も実力も申し分ない.ただし死に急ぐ傾向があるかもしれない.
西脇 山での料理に革命をもたらしてくれる可能性を秘めている.しかし,今回の山行で怪我などが数回あったため,今年の膝故障枠となってしまってしまう可能性がある.気を付けなければならない.
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塔ノ岳with東女 2013/05/18

 2013-05-18
筆:飯田(B1)
CL:藤井(B2)SL:楠(B2)吉田(B3)日向(B2)永吉(B2)夏目(B1)飯田(B1)
【秦野駅→ヤビツ峠…二の塔…三の塔…塔ノ岳…花立…大倉→渋沢駅】

高校時代から幾度ともなく塔ノ岳に登っていることをかわれ、東京女子さんとの合同山行の案内人(笑)としてついていく事に。計画書にもしっかりと案内人として書かれていて恥ずかしい…。

秦野駅からバスでヤビツ峠へ。秦野駅では見た事のないくらいのバス待ちの列でしたが、神奈中がバスを増発してくれたおかげでタイムロスなくヤビツ峠に到着する事ができました。ありがとう神奈中。因みに神奈中は日本一のバス会社らしいです byバス停で話したおじさん。

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↑@ヤビツ峠 
神奈川県在住は僕だけ。僕以外のメンバーはとっても朝がはやかったみたいで皆さん眠そうでした。本当にお疲れ様です。しばらく林道歩きをしたのち登山道へ。

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↑@ヤビツ峠~二の塔間の登山道

稜線にでると…

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↑@三の塔
とっても緑が綺麗!!新緑がまぶしいです。
山小屋がたっている左の山が鳥尾山。

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↑@行者ヶ岳近くの鎖場
途中、こんな感じの鎖場もありました。無論渋滞していました。

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↑@塔ノ岳山頂
12時30分くらいに塔に到着。
塔の山頂は登山者で大混雑。登山者が多すぎて自然破壊が進んでるのも納得できます。解決するには難しい問題ですね…。

塔の山頂でお昼ご飯。差し入れしてくれた皆さんありがとうございました。

しばらくグダグダした後定番大倉尾根を下って下山。

tou titech
↑花立の近く
何か所か滑りやすい所が残っており、何回かひやっとした場面も。ケガをしなくて本当に良かったです。僕が少し急ぎ目で降りようとしたのが良くなかった。先頭は難しいです。

最後の見晴茶屋から大倉迄(一区)、僕は吉田先輩と爆走して下山。実は6月にある丹沢ボッカ駅伝に高校時代の友人と出場する事になっておりその練習がてらちょっと走ってみました。新緑の中走るのはとっても気持ち良かったです!!ただ浪人を経て東工大に入学したので体力の落ちが半端ない事が分かって少しブルーな気分に…。

16時過ぎに無事大倉バス停に到着。この後東海大学前駅近くの銭湯で汗を流し、定食屋で夕飯を食べました。


僕は塔ノ岳に何度も登っていますが、今回の山行程すがすがしく気持ちの良い山行は初めてです。新緑はとっても気持ちいい!とっても楽しかったです。
ひとつの山にたくさん行くと行くたびに異なる表情を見せてくれる山を体感する事ができてとっても楽しいですね。色々思い出もできてその山への愛が芽生えてきます(笑)。

ご一緒した皆さん本当にお疲れ様でした!!!

おまけ
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↑大倉尾根にいたシカさん。女性陣に大人気でした。
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GW山スキー@立山・真砂沢 2013/05/03-06

 2013-05-07
筆:八木(B2)
CL:八木(B2) ゲスト:鈴木(M2)

5/3【扇沢~室堂…(滑走)…雷鳥沢BC】
5/4【雷鳥沢BC…剣御前小屋…(滑走)…雷鳥沢…みくりが池温泉…雷鳥沢BC】
5/5【雷鳥沢BC…剣御前小屋…別山…真砂のコル…(滑走)…真砂沢出合…剣沢…剣御前小屋…(滑走)…雷鳥沢BC】
5/6【雷鳥沢BC…一ノ越…雄山…一ノ越…(滑走)…(トラバース)…東一ノ越…(滑走)…黒部平~扇沢】

楽しみにしていたGW、気づけば立山に行くことになっていました。

<0日目>
珍しくアクセスは車。ペミカンを作っていたら時間が足りなくなり大学の出講時間ギリギリになってやっとの思いで出発。鈴木先輩の家に寄ったのち中央道で安曇野ICへ。中央道はGW渋滞で遅々として進まず、眠気と闘いながら扇沢に到着。時はすでに4:30。無料駐車場はもうほぼいっぱいという感じだった。車内で仮眠。

<1日目>
翌朝7:30頃起きて8:30頃のトロリーバスで出発。すでにスキー&兼用靴のフル装備。他の登山者は始発のころに行ってしまったようで殆どいなかった。



黒部ダムは完全なる観光地。気合を入れて作ったペミカンも相まって、背負った荷物が重い。



ロープウェイで大観峰に登ると最終日に滑る斜面が見えた。斜度、雪面ともに良さそうで期待が高まる。室堂ターミナルは人、人、人で山に来ている感じがおおよそ感じられなかった。外に出る。周りは一面の雪景色。天気は快晴、幸先が良い。
スキーに履き替え雷鳥沢に向けて滑る。荷物が重く、雪がぐさぐさなせいでわずか1時間の道のりにひどく苦戦する。


>雷鳥沢キャンプ場が見えた

ふらふらと滑ってキャンプ場到着。運転と乗り物ですでに疲れ気味だが、さっそくテント村にテントをねじ込むべく整地開始。まず50cmほど下に掘り進めて地面を平らにして、掘り出した雪は周りに積んで壁状にする。周りのテントを見ると雪ブロック&タープで飲み会場を作っているほどの人も居たが我々は無難に設営。やはり雪ブロックは強固に作っておくべきなのだろうか。
この日は疲れていたので昼寝を挟んだのちアイゼン歩行の練習に少し出かけたりして終了。風もなくとにかく快適だった。

夕食はすさまじい量のキムチ鍋。道理で行きの荷物が重いわけだ。気温的にはまったく問題がなかったのだけれど、歯が疼いてあまりよく眠れなかった。

<2日目>
5時起床。テントと食糧を置いていけるので背中が軽い。剣御前小屋の方向を見やると雲がかかっている。とりあえず出発。
すでに雷鳥沢の登りにはたくさんの人が取りついている。瞬間瞬間でみると点がポツポツと集まっているようにしか見えないのだが、よく見るともぞもぞと動いているのだ。いざ登り初めて見るが、早速体力のなさが露呈する。



それなりに斜度があるので急斜面はジグザグ登高するが、なかなか思うように上がらない。息絶え絶えになりながら平らな斜面に出て小休止。だんだんガスがかかってきて風も強い。剣御前小屋まで2時間以上かかってしまった。小屋付近は強風、大変寒い。同じ真砂沢方面に向かうパーティーがいたがとりあえず進むとのこと。僕らもとりあえず別山に向かうことにした。スキーを括り付けてアイゼン装着。

ところがいざ登り始めると強風でスキーが煽られる。耐風姿勢こそとる必要はなかったが完全にガスっていて晴れそうになかったので間もなく撤退を決定。先を進んでいたパーティーも戻ってきているようだった。

折角なので小屋から少し降りたところで滑落停止の訓練。荷物を下していたからよかったものの、アイゼンの爪を引っかけて谷側にダイブしながら転倒する。幸いけがはなかったが早速怖気づいてしまった。スキーに履き替えいざ滑走!

斜面はまずまず。ところが滑るたびに足に疲労が蓄積して耐え難くなる。鈴木先輩がよさそうな斜面を選んでくれていたが正直あまり覚えていない。早い時間にBCに帰還。

そのあとは遠出するわけにもいかないので野営場側の斜面に設置されているTバーを試してみることにする。噂には難しいと聞いていたが確かに難しい。流れているワイヤーにT字型の部品を引っかける。引っかかったその瞬間部品ごと引っ張られるのだがかなり衝撃が強かった。1回ためしに滑ってみるが雪が凸凹していてまったく面白くなかった。未だ暇なので再度Tバーに乗って上がりみくりが池温泉に向かった。

温泉は標高2400mにあるとは思えないほど立派なところだった。レストランあり、モンベルショップありとさながら下界である。山行中こんなんでいいんだろうかなどと思いながら湯につかってリフレッシュした。その後テントに帰って夕食を食べて就寝。明日こそは真砂沢を滑るぞという気持ちを強くした。

<2日目>
朝起きると快晴!これはアタックするしかないとばかりに真砂沢アタックを決定。装備を軽くして(といってもそこそこの重さはあったが)早速雷鳥沢に取りつく。


昨日一度登ったせいかペースが良い。順調に剣御前小屋まで登る。雪が見事な模様を作り出していて美しい。


登るとそこには雪をかぶった剣岳の姿が。去年の夏合宿で登ったことが思い出される。いざ別山へ。


昨日と違って風も強くなく歩きやすい。雪庇に注意こそするも暫く歩くと別山の山頂に着いた。記念撮影。


真砂沢は一応この別山からも滑れるが、岩が若干露出していて自分の技術では滑る気が起きない。予定通りコルまで降りる。この辺りは雪のない岩場で、スキーを背負った状態でバランスを取るのが難しかった。


暫く降りて、コルに到着。真砂沢の全貌が明らかになる。一番最初こそ急だが適度な斜度の続く広い沢だった。これからの滑降に心が沸き立つ。雪崩跡もあまりなく、雪の状態もよさそうだ。

ところが滑降前に事件が。別山方面から降りてきたパーティーが見えたのだが、ふと見るとメンバーの1人がスキーを流してしまい板が猛スピードで滑り落ちていく。前方にすでに1パーティー入っていたようなので様子を案じる。どこまで落ちて行ったのだろうか。



我々はスキーを履いて緊張の滑降開始。雪質は…最高!!!今までに滑ったことのない滑り心地。抵抗はないのに、雪を掴んでいる感じは確かにある。スキーを始めて以来最高の滑走だった。鈴木先輩も喜びの声を上げながら滑る。感激のあまりカメラで滑降の様子を取り合う。ただただ楽しい。

こんな感じの広大な斜面が滑っても滑っても続く。



ただ先月末の大雨が効いているようで降りてくるにつれ雪がどんどん重くなって苦しくなる。ところどころ雪の上に薄氷が乗っているところもあるので思うがままに、とはいかない。転ぶと融けかけの雪が服に入ってつらい。これが春の雪か…後半は雪崩に気を付けながら、1時間余りで標高差1000mの滑走は終了。これからは地獄の登り返しである。

途中、長次郎谷と平蔵谷を見ながら剣沢を登り返すが、気温が普通に高く汗が滴り落ちる。雪もべちょべちょの層の上に何故か氷が張っていてシールがなかなか決まらない。足取りが遅くなる。休憩の度に水を大量に飲むも歩き始めるとバテバテで、思えば熱中症みたいなものだったのかもしれない。途中雪崩の後をいくつか見てどこにもリスクはあるものだと思う。


剣沢小屋付近に着くころには立っているのもやっとの状態で、小屋の直前でたまらずギブアップ。休憩を取ってから剣沢テント場に到着。ところが用意していた水がなくなってしまったので、時間をとって水づくりをする。それにしても日光が照り付けて痛い。

剣御前小屋までの道のりも身体がしんどく亀のようなペースで登る。小屋についたときには「よかった、生きて帰れる」という実感が得られてほっとしてしまった。小屋で飲んだサイダーの味は格別だった。

ただまだテントへの帰還は終わっていない。最後の力を振り絞って滑り降りる。ところがテント手前の沢からテント場に登るまでの10mほどのラストの登りで足が前に出ない。結局10m登るのに20分ほどかかってしまった。テントで達成感と安心感に浸り呆然とする。靴を脱ぐとかかとの皮が無残にもはがれていた。夕食を食べさっさと寝てしまったが、疲れが出て眠りは浅かった。

<4日目>
最終日ではあるが今日もハードスケジュールである。GW最終日となりだいぶ空いたテント場を後にする。一ノ越までの登りの標高差はそれほどでもないが先日の疲れを引きずってペースはよくない。気力切れ気味の状態で一ノ越に到着。風が強く難儀する。

ここで荷物をデポって雄山を往復する。アイゼンとピッケルを持って岩がところどころ露出した道を行く。夏にはなかったフィックスロープが設置されていた。


さすがにメジャールートとあって登っていく人は多い。たださすがにアイゼンがないと怖い斜面が続く。御前谷を滑るのだろうか、ストックのみでスノーボードを背負いながら登っていく人を見たが、大丈夫だったのだろうか。雄山の社務所の姿はずっと見えているのだが歩けど歩けどその姿は近づいてこない。1時間ほどかけて、ふらふらの状態で雄山についた。

>実際はボロボロ、動く気も起きなかった

しばし休憩ののち元来た道を引き返す。アイゼン歩行は慣れないが、岩でも氷でもフラットに着地すればいいようだ。最後の雪面でシリセードを教えてもらった。

さて、いよいよ今山行最後の滑降である。下調べでは御山谷をトラバースすれば東一ノ越につくとあったので、重い荷物を背負ってトラバースを始める。ところが暫く進んだところで雪がないことが判明、スキーを背負って歩く羽目になる。風の通り道なので一歩間違えばスキー板やザックを落としかねない状況。やっとの思いでスキーを括り付けた。

トラバースは完全に夏道沿いだが、雪も当然一部残っているので歩きにくい。東一ノ越についたのは実に30分もあとのことだった。昨年歩いた獅子、鬼、龍王の山々がよく見えてきれいだが、強風で楽しむ余裕はなかった。

ラストはタンボ平滑降。急斜面&重い湿雪で転倒しまくる。普通に滑っているだけでも足が痛んで仕方がない。やはり雪の状態は見ただけではわからないもので、イメージ通りの雪ではまったくなかった。予定では黒部ダムまで滑るつもりだったが、疲れも相まって黒部平で終了。文字通り日焼けで真っ黒になってしまった。


扇沢に降りたあとは痛む足をいたわりながら葛温泉に入る。ここも昨年入ったことがあったので感慨深い。GW最終日は目立った渋滞もなく順調に大岡山に戻ることができた。

◆まとめ
思えば山スキーでの初めての中期山行だった。体力不足が露呈したものの念願の真砂沢を滑ることができて人生最高のGWを過ごすことができた。来年は黒部源流ツアーでもやろうか。今から楽しみで仕方がない。
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御嶽 クライミング①

 2013-05-03
クライミング班の記念すべき第一回目の外岩は「御嶽」
時間にはルーズな方なのに、集合時刻より早く御嶽についてしまった。黒澤はわくわくであった。
岩の下見のついでに、ハイキングをする。思えばワンゲル部に入って「清流」を見たのははじめてかもしれない。

そうこうしているうちに藤井、太郎と合流→→→→→→→→
DSCN2103.jpg
クライミング班本格始動である!!!

DSCN2069.jpg
まずは小手調べにとけたソフトクリーム岩周辺の岩を登る。こんなの朝飯前。たろうは朝飯食い過ぎたのかな。
黒澤 ◎
藤井 ◎
角崎 ○

つぎに裏側。トポ図には9級と書いてあるが、この岩、ホールドが見当たらない。
DSCN2126.jpg
でも藤井は器用にひょいひょい登る。太郎も別ルートから辛くも完登。肝心の先輩の私は・・・あれれ―?
あれれー藤井の使ってるホールドに手が届かない><・・・。でもなんとか登った。ヤッター
黒澤 ○
藤井 ○
角崎 ◎

モンキーカンテにもチャレンジ。ここは裸足でやるのがコツである。でも登れない。去年できたのに。
待て待て俺、去年より下手なってる?
みんな ×

砂箱岩に行くと、先客がいた。筋肉の民であった。登っているのは1級、猫砂。ぱねえとか思いつつ
我々は6級(5級)に挑む。去年鈴木先輩が落ちて、そのあとふて寝した課題である。
黒澤は余裕もってオンサイト。藤井は怖がって登れない。登れると思うけどな。太郎はザックの自慢をする。
DSCN2111.jpg
黒澤 ◎
藤井 ×
角崎 ×
調子に乗った私は猫砂(1級)に挑む。核心のムーブが見えないが、触らなければ見えないものもある。
核心一手前のフラッキング決めながらのムーブを決める。悪いホールドだったのに我ながらうまくやった。
筋肉の民からも賞賛される。
やれやれ、まいったなクリアしたらどうしようとか一瞬思ったが、次が遠い。さわれるんのコレ。
ホールドあるのこれ、つか既に体は伸びきっている。足は・・・・ない。
一級なのはこっからかーと現実を突きつけられる。ジムならひょひょいととりあえず飛んでみるのだが、
ココは外岩。クラッシュパッドあっても、隙間からにょきにょきと岩がこんにちは。怖い・・・・
位置エネルギーと表面積(圧力)のコンボが怖い。一応努力をしたよアピールをして、落下。
DSCN2115.jpg
筋肉の民に夢を託す。

筋肉の民は日常的に鍛えている感じで機能的な感じ。たぶん「消防士」だ。
とにかく趣味だけでつくような筋肉ではなかった。腕の筋肉が特に太くて、そこに血管あるのかよ!って思った。
次にデッドエンド方面に行く。ここにも先客がいた。トポ図にはオーバーハングと書いてあったが、
いうほどハングか?って感じでさくさく登る。いまいち。

雲行きが怪しくなってきた。急いで「忍者返しの岩」へ
やっぱりここは大賑わいででジム並みにパッドが敷かれている。
この神岩を見て私のテンションは最高潮になったが、一方で二年生は水切りを始める。
・・・さあこれをのぼって、ぼくもじょうきゅうしゃのなかまいりだ!!
精神統一して、チョークたくさんつけて岩に取りついた!
左、右、左と手足を動かしていく。難しいホールドをつかむ――。
忍者返し岩は初めてのアテンプトだったがなんだか懐かしさを感じた。トラディショナルなムーブだからかなと考えたが、どうやら違う。そうだこの応援だ。
記憶を遡ると高校二年生の二月、ボルダリング県大会決勝、最終課題の記憶に行きついた。
出場者全体で未踏点まで登ると会場全員から叫ばれるガンバコール。規模は違うがあの大声援に似ていたのだ。
見知らぬ人にこんなに応援されることは二度とないだろうと思っていた。これだけで半年パス買った買いがあった。
約3年のブランクを埋めるための半年間トレーニングも、いうまでもなく肉体は戻らなかった。
高校の後輩に「・・・?。体、重くなりましたね」と真面目に言われてかなりへこんでいた。、
だが、とにかく私はまたこの場所へ戻ってきたのだ、とそう思った。
DSCN2186.jpg
結局、雨が降ってきて、勝負はお預け。全然登れなかった。↑まであと少しだったのに。
僕の身長だと次が少々遠い。キャンパを練習しとけばよかった。
目標は達成できなかったのだが、充実感はあった。
恋い焦がれたルートも、今では射程圏内。次は完登して上級者の仲間入りだ。

とかいって意識高く自分に酔って、さあさあと二年生の方を見ると
角崎藤井は水切りにも飽きて、今度は石積みをしていた。なにそれ。ゴロリか。
おもむろと立ち上がり深刻な面持ちで何言うかと思ったら
??「先輩もう帰りません?」
黒澤「えっ・・・じゃ、じゃあ登る人もういないし、岩の前で写真だけ撮らない?」
角崎「別にいいっす」藤井「興味ないっす」
黒澤「・・・・・・帰るか!!」
藤井&角崎「はーい」
黒澤「(ぅゎぁ)」

心底失望した私であった。

藤井も太郎もはやく自分に追いついて、さっさと追い抜かしてほしいなと思う。
対等にあれこれアドバイスし合うのがクライミングの醍醐味の一つ。課題も作ってあげたい。作っても欲しい。
次は6月に小川山でのリードクライミング講習を計画している。それまでに練習がんばってくれよな。
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残雪期金峰山・甲武信ヶ岳2013/05/02

 2013-05-02
筆:飯田(B1)
メンバー:CL大田口(B2) SL藤永(B2)飯田(B1)

5/2(0日目) 【大岡山-小淵沢(ステ寝)】
5/3(1日目) 【小淵沢-(小海線、バス)-川端下…金峰山…大弛小屋(テント泊)】
5/4(2日目) 【大弛小屋…国師ヶ岳…甲武信ヶ岳…甲武信小屋(テント泊)】
5/5(0日目) 【甲武信小屋…(徳ちゃん新道)…道の駅みとみ-(バス)-塩山駅】

先輩からGW後半に奥秩父へ行ってみないかと声をかけていただいたので喜んで参加してきました!とても達成感のある山行であった反面、反省すべき点もありました。

0日目
出発の準備で大忙し。雪が残っている事は先輩が情報を収集してくださったおかげで把握していたので、部室のアイゼンが必要なのは分かっているが…。部室のアイゼンの付け方が分からない。というか山靴に合わない。直前まで確認をしなかった事は大いに反省しなければならないです。結局軽アイゼンを持っていく事に。

凌駕でつけ麺を食べて中央東線終電で小淵沢へ。途中シカと衝突(!)したりしましたがほぼ定時で到着。
駅前で就寝。

1日目 
小海線始発列車で信濃川上駅へ。因みに小海線の野辺山駅はJRで一番高い所にある駅だそうです。先日行った塔ノ岳と標高がほとんど変わらないというのですから驚きです。駅から村営バスで川端下へ。そこからしばらく林道歩き。
P1140329.jpg
↑登り始めの林道から 信濃川の源流だそうです
しばらくすると綺麗な川が!信濃川の源流だそうです。それにしても綺麗ですね~。
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↑川を眺めている先輩と僕 
この時点では‘あれ?意外と雪ないじゃないか…’と心の中で思っていたのですが…。しばらくすると…。



恐ろしいほどツルツルの氷さんが登場。

P1140348.jpg
↑スケートリンクなみに滑る…。
ここで4本爪アイゼンの僕はこの氷の餌食に。アイゼン歩行の技術があるならまだしも、そんな技術持ち合わせているはずもなく…。何度もスリップしながら高度を稼いでいきます。

P1140345.jpg
↑木が無い所からは瑞牆が良く見えました。八ヶ岳も美しい。
足場は最悪ですが景色は最高です!しかしこの時点で予定時刻より大幅に遅れてしまっています。
高度を稼ぐにつれ悪質な氷は消え歩きやすい雪へと次第に変わっていきます。

P1140356.jpg
↑金峰小屋にてしばし休憩
金峰小屋~金峰山頂は岩が露出していたりして、アイゼンがひっかかり嫌な音をたてていました。山頂ではメンバー全員のテンションが大遅延のため異様に低く、山頂滞在時間は5分間くらいでした。

P1140364.jpg
↑稜線歩きはとっても開放感がある
このあたりから雪が深くなります。金峰山と国師ヶ岳の間は1mくらいの積雪がある場所もあり、何度か踏みぬいてしまいました。

P1140368.jpg
↑地形図の確認 
この時点で2時間の遅れ。一体日が暮れる迄に目的地へつけるのかメンバー内に不安が広がります。

結局目的地の大弛小屋に到着したのは日没直前の17時。
テン場から見えた下界の夜景がとても印象的でした。
テントの中で今後の行程について話し合い。氷が多く滑りやすいと思われる北側を避け南側から降りる事に。

疲労回復のためにぐっすり眠らなければならないのに、銀マットのみでテントマットを持ってきていなかったため、雪に体温を奪われ一睡もできず。ひたすらシュラフの中で震えていました。
行動時間:9時間

2日目
国師ヶ岳を目指し出発。積雪と大量にあるトレースのため出発後すぐに登山道からそれてしまいますが、地形図を頼りになんとかピークへ。

P1140371.jpg
↑国師ヶ岳
この後ひたすら稜線を歩き続け、15時ごろに目的地の甲武信小屋に到着。雪が降り始めフライが真っ白に。5月でも雪が降るんですね…。

この日は先輩からテントマットをかしていただき快適に就寝できました。
行動時間:8時間

3日目
2日目の決定通り予定を変更し南側斜面から下山。予想通り雪が無く4時間程度で安全に降りる事ができました。
道の駅みとみからバスで塩山駅へ。温泉によらず直接帰宅しました。

P1140384.jpg
↑最終日の下り

今回の山行は反省すべき点がたくさんありました。今回の経験を無駄にせず次回の山行にいかしていきたいと思います。

ご一緒しました大田口先輩、藤永先輩本当にお疲れ様でした。
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