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御嶽クライミング 2011/11/13

 2011-11-30
筆:黒澤
 冬山には行かないので、クライミングでもしよう!とのことで都心から一番近いクライミングの聖地御嶽へ行くことにした。これが外岩初体験である。クライミングは3か月ぶりくらいであるが、まあきっと大丈夫だろうと思っていた。(ダメだった。)
 外岩クライミングにはクラッシュパッドなんつー体操の授業で使うようなマットが必要なのだが、わがワンゲル部にはなく、来年度からクライミング課でも新設するかと持っていたところなのでおもいきって買いに行くことに。
 通販ページにはこちらは取り寄せと書いてあったが、「サカイヤスポーツさんは大きいし、まあ、なんとかなるだろう」と思ってろくに調べず直行。なんとまあ在庫はないとのこと。これは残念である。ほかの店もまわればいいのだが「めんどいし、御嶽の近くにレンタルできるお店あるからいいだろう。」と思って、その日は帰る。
パソコンで早速「御嶽 マット レンタル」と調べる。あった。これで一件落着。とここで嫌な予感。「あんなでかいもの、それにサカイヤにもないようなもの、ジム並みに人が押し寄せるところに、予約もせず借りられるものなのか」と。―――――――案の定10月いっぱいまで予約が埋まってることが発覚。
 「これはまずい。まずいぞ。取り寄せに最低2週間・・・だと? 俺がリーダーとして先輩と高校の後輩と一緒に行く手前、初のクライミング山行にやっぱ無理でしたなんていえないッ・・・!どうすれば・・・ッ」
  このとき予定日まであと三日であった。
 Webの海をくまなく探す。見つからない。やばい。どうしよう。高校で借りる?いや無理だ。無理じゃないけどそれは勘弁だ。悲しみと混乱の声が四畳半にこだまする。それでも諦めない。絶対に諦めない。ここで諦めたら男として失格である。そして5分程の格闘の末、ついに「Calafate」なるクライミング専門店のサイトを見つける。なんとクライミングマットも取り扱ってるらしい!「九州とかだったらどうしよう・・・」と思いつつアクセスページを恐る恐る見る。「目白ッ・・・!山の手線沿線!大 勝 利・・・ッ!」ダメ押しで電話。「在庫・・・ある!」
 諦めなければ、きっと夢はかなう。

 次の日、すずかけ台から帰るついでにマットを購入(25200円)安全と資金と改札のはざまで大変に迷う。一時間半はうんうんと考えた。

 いろいろあって当日。
 前日に二人でたこ焼きなんて作ってたから寝不足である。途中まで座れなかったがマットに寄りかかれば道中は楽であった。
 中央線で立川に近くなるとやっと電車が空いたので座わる。うとうとしていると、隣の男が寄りかかってきた。「朝早いし、きっとこの人も寝不足なんだろう。」と思って母のような気持ちで枕になってやろうかと優しい気持ちになったところで、男がさらに寄りかかる。「ビクゥ」ってなるのは面白いよなとニヤニヤしていたら、どうやらこの人復元力が働いていない。そのまま男は倒れ、なんと膝枕している状態になってしまった!!空いたとはいえ通勤時間に男二人のこの光景はまずい。絶対にまずい。
――――――そして、いろいろあって御嶽に着く。本当にイロイロあった。

 ここまで長くなったが、肝心のクライミング。迷いつつ聞きつつ五級の岩にチャレンジ。俺と後輩はオンサイトであった。砂岩なので手がいたい。30分ぐらい登って、出血。この時鈴木先輩は研究疲れか昼寝なさっていました。そして2級あたりを登ってアップがすんだとことで「忍者返しの岩」なるすごい壁に行く。後輩はどんどん登る。俺はノータッチでほか岩へ行き3~5級を何個かクリアした。なんか登れないし暇になってきたので、俺も昼寝をしようと日なたを転々とする。気が付いたら、体が冷え切っている。これは風邪ひいたなと後悔しながら、みんなと合流。
 最後にモンキーランジなる課題を「裸足で」クリアして、終了。「裸足」を勧めたのは、何を隠そう大変お世話になった「Calafate」の店長さん。後輩曰くクライミング界では有名人とのこと。小さく敬礼して、いざ大岡山へ。
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忘年ワン 2011/10/28-29

 2011-11-01
筆:吉田(B1)

忘年ワンの目的
もしも山で事故が起きた場合に山を下り助けを呼びに行くための訓練。
そのため、基本的に一人で歩かねばならない。ついでに、順位も付ける。

今回歩いたのは一年四人。大久保尾高黒沢私である。

23:00大月駅
先輩から、目的地が告げられた。柳沢峠。50km先である。

開始早々いつの間にか尾高が消え、大久保黒沢の二人もコンビニへと消えた。開始10分にして早くも独り。
川のせせらぎ、満天の星、辺りには誰もいない。夜中のハイテンションで歩き続ける。

02:00
第2チェックポイント通過後まもなく。前方に笹子トンネル通行止めの看板。
先輩の話だとこのトンネルを通り抜けるはずなのだが……。
私は惑った。
後方から大久保黒沢の二人が看板を完全無視しさくさく先へと進んでいった。余りにも自信たっぷりに追い抜いていった。何か根拠が有るのだろうと考え一緒に先に進んだ。
林道を進むこと暫く。

通行止めだった…。なんということだ。せっかくここまで登ってきたというのに。先輩の運転する車に乗り引き返し別の道から行くことに。

04:00
第3チェックポイントにて、
先輩たちから、朝ご飯等をもらってしばらく休んでいると、尾高に追いつかれてしまった。
走って皆を撒く。
甲州市街の明かりを左手に見ながら、葡萄畑に囲まれた道を延々と歩き続ける。すすめども進めども、葡萄畑。

05:00
夜が明けるとともに、葡萄畑を抜ける。

06:00
柳沢峠ふもとに到着。延々と道路を歩く。当然のことながらほかに歩いている人などいない。追い越していく車に乗っている方々が、不思議そうな顔で見ていた。

07:00
水も尽き、食料もなくなった。もうだめかと思った。カーブを曲がると先輩たちの姿が見えた。ヘロヘロになりながら到着。

8:00
尾高到着。案外元気。むしろ私よりも元気。

13:00
大久保到着するも、先輩に気付かず、柳沢峠を通り過ぎて下り始める。

14:00
大久保どこまで下りればよいか先輩に電話で聞き、通り過ぎたことが発覚。
先輩に迎えに来てもらい到着。

その頃黒澤は・・・
私が言った一言
「目的地は、大菩薩峠ではありませんでしたか。」
(『大菩薩峠ではなく、柳沢峠だったのですね』という意味で言ったつもりだったが、『柳沢峠ではなく。大菩薩峠ですよ』と受け止めたそうだ。)
により、大菩薩峠へ向かっていた。

先輩があんまり遅い黒澤に連絡を取り、誤りに気が付く。引き返して、柳沢峠へ。

17:00
黒澤が、柳沢峠に到着。心身ともにボロボロであった。
すまん黒澤、許してくれ。

*まとめ
個人としては、夜通し歩くという体験は初めてであり、非常に楽しかった。オリオン座が、東の空から上り、南中し、西に傾くというのも実際にに見ることができましたし。
ただ…、私の言った一言が原因で、黒澤が16時間余り歩きさまようという事態を引き起こしてしまった。深く反省します。
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