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番外編:仙ノ倉谷・西ゼン遡行

 2011-03-28
OBの道場です。

東工大ワンゲルの活動を紹介するブログの一気更新と聞いて参上せり。
紹介するのは、OBを含めた飲み会で「沢にいきてぇ~」という話が上がったことをきっかけに行くことになった真夏の沢登り。

メンバーは栗山先輩、石井、中山さん、私の4人。
新入生がいないのは誠に残念である。

以下、写真をメインに当時の様子を紹介していきます。

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出発だ。1時間程度歩けば入渓地点。

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ハーネス、沢たび装着。地形図、遡行図を凝視。入渓へ

栗山先輩が先陣を切って、ガシガシ進んでいく。石井は前にも来たことあると言っているが、記憶があいまいな様子。真夏はやはり渓流に浸かるに限る。

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上越の沢は、滑る、とびこみと遊び要素が豊富で、楽しすぎる。ただこのとき中山さんがメガネを滝壺の中に落としてしうハプニングがあった。が、しかしメガネを見つけることなどゴーグルを装着した私にはお茶の子さいさいであった。


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本格的にナメの開始。

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大自然に圧倒される石井と私。

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スラブ帯は1,2か所だけかなり怖かった。あとは沢足袋と自分を信じればすらすら登れるものだった。

スラブ帯を抜け、詰めで待ち構えるは藪。中山さん、栗山先輩がトップになり、ガシガシ1時間程度藪こぎ。私は体力的に先輩方の後について行くだけで精一杯だった。体力の衰えを感じた。年齢?いやただの運動不足である。

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野いちごと野栗山

平標山をピストンし、急ピッチで下山。

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下山時の様子と西ゼンの外観



今回の西ゼン遡行を総括すると、
やはり上越の沢は最高でありまた行きたい、体力が落ちているのでトレーニング山行をしなければの2つである。
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俺のスクリーンセイバー

 2011-03-27
OBの栗山です。
せっかくなので比較的最近いった山行で撮った写真で
良質なものを紹介します。

これがワンゲル。これが山ボーイ。

君もワンダーランドへようこそ。

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尾瀬
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番外編:フランス山スキー遠征

 2011-03-27
OBの栗山です。
東工大ワンゲルの活動を紹介すべくブログを今年に一気に更新ということで、
ワンゲルの活動をやっていくとOBになったらいろいろなことができるという可能性を
紹介すべく投稿しました。

東工大ワンゲルでどこまでやるかは、はっきりいってその人次第ではるが、
その気になれば海外に行くことも可能です。
その例として、僕がフランスのシャモニという町から
マッターホルンで有名なスイスのツェルマットまでスキーで縦走するという
スキーツアーに参加したのでその様子を載せます。

いった理由は単純。
・本場のアルプスを見たい。
・本場の山スキーをやりたい。
・可能性をためしたい。

行った感想。
・山にはドラマがあり、感動させらるなーとつくづく思った。
なんとかなる。

・今回はガイドにくっついていっただけの一方、
ワンゲルの活動は仲間と自分たちの力量で行くので
ワンゲル活動もまた多くの意味で楽しかったと改めて感じた。

詳しい記録をまとめた文書があるのでこちらをご覧ください。
http://www.ide.titech.ac.jp/~nabe/abe-labohpst/LaHaute-Route.pdf

そのほかのコメント(ワンゲルのすすめ)
東工大ワンゲルに入ると、先輩やOBを含めた多くの人が
”学生にしかできない経験”を教えてくれます。
それが、素晴らしい価値観の形成につながるともいます。
興味のある人は是非ワンゲルにいらしてください。


以下は写真の紹介です。実際のスキーツアーは5泊6日です。ツアーの前後に、スキー場にいったり、南仏を旅行したりしました。

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シャモニのスキー場。高度感、スケールに圧倒された。
イメージとしては、日本の槍ヶ岳の斜面にリフトをつけたので後は適当に滑ってくださいとう感じ。


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シャモニのまち。4000m級の山々のふもとにある山岳リゾート地

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ツアーの参加者とともに食事。この辺りは平らでまだピクニック気分。

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初日にトレーニング。このペースについて行けなかったら、町に返される。
まあ、大学生くらいの体力があれば余裕。先陣を切ってがしがし登った。

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山小屋。きれいに整備されている。食事もパスタとワインがふるまわれ、楽チンである。

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とはいってもここはアルプス。峠を越える際にはこのような急登りになる。でもしっかりとガイドがザイルでリードしてくれる。


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この日に滑った斜面。一気にくだる。雪のコンディションも高度によって違うので、かなりの体力と根気が必要。
しかし、このスケール感は日本ではほとんどない。
北アルプスの奥にいけば味わえるかな。

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山小屋内部。外はどんなに吹雪いても中は快適。仕方がないので本を読んで過ごす。

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ホワイトアウトの中を行くことに。ガイドはすべての地形を把握しているので、道を迷うことはない。
この写真は雪崩のリスクを考えているところ。
結局、これ以上進むのは危険と判断され、小屋に戻ることになる。

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2日ぶりに晴れた時の写真。感動してしまったので写真をとってもらう。
この後、もっと感動がまっているのだが。

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アルプスの山々。


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この写真を撮る状況。
前日までどガス。この日は最終日なのに、もはや視界が開けるのが絶望的だと誰もが思っていた。
とりあえず、みんな最後の峠を目指して、ガスのなかを足を左、右と動かす状況。
しかし、峠についたら、なんと雲に隙間が!!
隙間からあこがれのマッターホルンが!!!
激写。

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もはや、雲は晴れる一方!!マッターホルンも全景が見えてきた。
スケール感も異常なほどに感じる。

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大斜面の大滑走。

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フィナーレに近づく。

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マッターホルンの麓の氷河を進む。

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我がパーティ。この思い思いに感動をかみしめる姿がこの旅の素晴らしさを思い起こす。
いろいろお世話になりました。次に行くときはフランス語をもう少し学習しておきます。笑

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春合宿:九州横断

 2011-03-23
本記録はブログ開設後に部誌『つばくら』より転載したものです。
よって投稿日時と実際の活動日時、及び筆者の学年などにズレがあります。


筆:現B4鈴木

メンバー:鈴木(B3), 石井(B3),武藤(B2)

【はじめに】
今年の冬山は行けるメンバーが少ない(武藤は夏合宿の件で山に行けず、加藤は鬱だと言う)ので、 ワンゲルメンバーで雪山に行くのはあきらめざるをえなかった。
春合宿をどうするか考えたところ、 一昔前の代までやっていた里ワンを復活させることにした。
里ワンとは、人里をテント泊で何日もかけてひたすら歩く行事である。
行き先は「100キロ以上歩く」という縛りと、「南の暖かい方がいい」という希望から、 沖縄の山原方面か、九州のどこかという話になる。
石井は九州がいいらしく、阿蘇山も見てみたかったため、少し思い切って九州横断の計画を立てた。 熊本港から国道57号線をずっと歩き、臼杵港に出る約150キロのルートである。
参加者は鈴木(筆者)、石井、武藤である。

【0日目】
夜行バスで関門海峡を抜け、博多に降り立つ。 筆者、初九州上陸である。
博多ラーメンを食い(博多ではラーメン屋にカレーはデフォなのだろうか?)、 熊本まで電車で移動する。
水前寺のユースホステルにチェックインするころには、 熊本城はもう閉まってしまったらしいので、路面電車に乗って熊本の町を散策することにする。 筆者は帽子を、武藤は夜行バスで持ってきた本をほとんど読んでしまったらしく、新しい本を買った。
はなまるうどんで夕飯をとり、熊本といったら馬刺し、馬刺しが食える店で飲む話になったが、武藤は金がないらしく、 先にYHに帰るとのこと。 特産品と酒よりも本の購入を優先するあたり、さすがである。 馬刺しとからしれんこんと地酒(と、もずく)に舌鼓を打ちつつYHに帰ると、武藤がだるそうにしていた。

【1日目】
今日はいよいよスタートである。 熊本駅からバスに乗って熊本港へ。 フェリーターミナルからスタートとする。
スタート記念に熊本の海の水に触れて、ゴールでも海に触れたい。 ということで臼杵港の出島から橋を渡ったところで防波堤に周り、海水に触れる。 遠回りになるので行かなくていいじゃないですかと言っていた武藤もちゃんと付いてきた。

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最初は県道51号を歩く。 今日は朝食をまだ食べていない一同、さっそく空腹でつらくなる。 行きにバスで見たデイリーヤマザキ(4km)がやけに遠い。 やっとの思いでデイリーに着き、朝食をとる。

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そこからも単調な田園風景が続き、だんだん熊本市街に近づくにつれ、建物が増えてくる。 だいぶ「里」から「街」に変わったところで、 今回の旅の連れである国道57号線と出逢う。
そこからは、県庁前の国道をでかいザックを背負って歩く変人集団を演じる。 途中あったスーパーで買い出しをする。石井は北海道産大豆使用豆腐マサヒロに興味しんしんであった。

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初日はいかにして熊本市街からテントを張ってもよさそうなところまで抜けられるかが勝負であった。 なかなか寝られそうな場所が見つからずに歩き続け、肥後本線の光の森駅の周りなら寝られるかもしれないという期待を込め行ってみるも、 駅自体は大きくなく、駅泊ができる雰囲気ではなかったし、すぐそばには「ゆめタウン光の森」なる新興住宅地的大型ショッピングセンターがあり、 一同ポカーン状態であった。
ツーリングマップを見てみると、その先はずっと碁盤の目状に道路が整備されており、ここから5キロは住宅地が続くことが予想され、 初日で歩き慣れないのと、靴があまりなじまないので疲弊した我々は、宿に泊まるという選択をした。

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【2日目】
早朝、荷物をまとめて出発する。
石井と武藤は元気で、先に行ってしまう。線路沿いの大津街道の並木道を行く。
昨日住宅地だと思っていた碁盤の目状の道路は、区画整備された田んぼであることが判明し、 昨日もう少し歩いていれば普通にテント泊できたことに気づく。宿泊費たけぇ・・・
57号線と合流したところにあったうどん屋で朝食を済ませる。武藤石井はずいぶん先に行ってしまったようだ。 57号線を歩いていると、熊本方向に陸自の高機動車やトラックが大量に走っていく。なにか演習でもあるのだろうか?
熊本からは豆粒のようにしか見えなかった風力発電機群がどんどん大きくなっていく。 肥後大津市街を抜け、道の駅大津で石井武藤が待っていてくれた。 どうやらだいぶ待ったようで、だるそうにしていた。 道の駅で昼飯を調達し、出発する。
道の駅大津を過ぎると、一気に国道は山に入っていく。 筆者は足の裏が痛くなり、ゆっくり歩いていたので、また2人は先に行ってしまった。
しばらく寂しい山を切り開いた国道が続くが、瀬田で線路が再び現れたところで視界が開け、 菜の花が咲き乱れる川沿いの長閑な農村の風景となる。
この辺りはあちこちで道路工事していた。57号線の車線を増やす工事らしい。
この日は阿蘇大橋付近でテントを張れる場所に泊まる予定であったが、 せっかく近くに温泉があるので、火の山温泉どんどこ湯につかることになった。
火の山温泉に着くと、2人は既に入浴を終えてゆっくりしていた。 足を入念にマッサージして温泉に入ると、広い浴室にいろんな内湯があり、 また、露天風呂は開放感あふれる趣のある庭園風になっており、一日の疲れを洗い流すことができた。
温泉の休憩所で3人でダラダラ時間をつぶし、57号線から阿蘇パノラマラインが出るT字路(下野)のローソンの反対側、 廃屋の裏にテントを張った。

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【3日目】
朝飯はローソンで済ます。 阿蘇の山々を右手に見ながら巻くように歩く。

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道の駅阿蘇(阿蘇駅と隣接している)では、風が強く、風が強い。 道の駅でうまそうな苺が売ってたので、1パック買ってその場で一人で食べた(当然1粒ずつ分けてやりました)。うまい!
線路沿いの農村を歩き続けると、前方に山が見える。 どうやら盆地になっているようで、57号線は大きくヘアピンカーブをして峠に伸びている。
道路を歩くのに辟易していた筆者と石井は、このヘアピンカーブをショートカットできないかと考える。 コンクリアスファルト派の武藤は当然道路を進むことを選んだので、2人でヤブに入ることにした。
最初は崩れやすい斜面で、すぐに竹藪になった。 びっしり群生した竹藪の斜面は、想像以上に手ごわい。 やっとの思いで竹藪を抜けると、今度は棘のある植物だらけのヤブで、 筆者も石井も手に切り傷を負い、筆者は干すためにザックにつるしていたタオルを1枚失った。

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なんとか道路に戻ってくると、武藤はとっくにそこを越えていた。
少し休憩して歩き出すと、天気がどんどん悪くなり、峠に着くころには小雨が降り始めた。
今日の目的地である波野の道の駅まで3キロというところで、急に雨が強くなり、 雹混じりの豪雨に見舞われた。慌ててレインウェアを出すが、 土砂降りの雨と車の水しぶきで全身ずぶ濡れになりながら道の駅に着く。 雨は比較的すぐに止んでしまった。

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先に行っていた武藤も波野につく前に降られたらしく、道の駅のレストランで3人ともかつ丼を食べた。 雨のせいで急に気温が下がり寒くなったので、ストーブの前でダラダラと過ごす。
その日のテントは薄暗くなってから近くの廃工場の裏に立てることにする。 近づくと、廃工場のはずの建物から人が歩いてくる。 まさか、看板が落ちたりしてるけどまだ使われているのか!? と思ったが、人が来た辺りを見ると、一人用テントと自転車があり、同業者であることが判明し、胸をなでおろした。

【4日目】
昨日とは打って変わって快晴の下、相変わらず林と田園風景の中をまっすぐ歩く。
ついに熊本県を抜け、大分県に入る。 しばらく行くと七ツ森古墳群なる古跡があるので寄っていくことに。しかし石井武藤は後で感想聞かせてねと先に行ってしまう。
林の中の趣ある古墳群であったが、秋は彼岸花に彩られるらしく、さぞかし奇麗だろうなどと思いながら見ているうちに、 2人は見えない距離まで離されてしまい、再び1人遅れてトボトボ歩く。
どれくらい歩いたろう。風景が何やら町めいてきて、店も増える。豊後竹田の市街地に入ってきたのだ。 ドラッグストアでテーピングを買い、今にも釣りそうだった足をぐるぐるに巻く。
今日は「花水月(はなみずき)」という温泉に集合ということになっていたので、 「月のしずく」という温泉の看板をスルーして竹田市街地に降りて行く。
途中歩行者用のトンネルに入ると、センサーが作動して「荒城の月」が流れ始めた。 豊後竹田は「荒城の月」のモチーフになった岡城址があり、滝廉太郎のゆかりの地なのだ。

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花水月に着くと、その温泉施設は工事中だった。 携帯を確認すると1時間前に石井から「花水月は工事中なので月のしずくに行く」というメールが来ていた。 ちょうど月のしずくを通り過ぎるころに届いたメールなので、そこでやる気をなくしてバス停のベンチで30分ほど横になった。
月のしずくは3方を山に囲まれた小さな住宅地にある。銭湯の趣であるが、露天風呂もある施設だった。 ちょうど近くのアパートに求めていたコインランドリーもあったので、そこで汚れた衣服を洗えた。
温泉に浸かって回復したので、せっかくだから滝廉太郎のゆかりの地を散策しようとしたが、 またしても2人はのってこなかったので一人で行くことにした。
7時には帰ると言って竹田市街に降り、まずは銘菓「荒城の月」をゲットする。 滝廉太郎記念館に行ってみようとも思ったが、 「岡城址まで1キロ」という看板があったので、1キロならと歩くが、 1キロほど歩いたところで、また「岡城址1キロ先」の看板があり騙された気分になった。
岡城址の駐車場に着くと、荒城の月のメロディーが聴こえてきた。 音のする方を見ると男性が笛を吹いていた。
岡城址は入場料を取るらしいが、入館料を払うところは既に閉まっており、 別段かしこまった入り口のようなものはなく、普通に道路が続いていたのでそのまま入ることにする。
岡城址本丸跡からの眺めは素晴らしく、夕陽をバックに滝廉太郎の銅像があった。
遠く見える道路から、荒城の月の「春高楼の花の宴巡る盃影さして」の部分のメロディーが聴こえる。 市街地に入る前に、道路に10センチほどの間隔で溝が引いてあったのを思い出す。 車が通るとタイヤの鳴る音がメロディーを奏でるように計算してあるのだろう。 何とも徹底した滝廉太郎の町であった。
温泉に戻ると2人は待ちくたびれていた。
暗くなったので温泉のすぐ近く、民家の隣の空き地にテントを張った。 温泉の駐車場のライトが明るいおかげで、テントは温泉側からほとんど見えないステルス性を発揮した。

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【5日目】
月のしずくから57号線を1キロほど戻ったところにあるローソンで朝食と昼飯の確保を済ませる。
豊後竹田を後にし、下りがちの57号線を歩く。 この日は快調に飛ばし、道の駅あさじに着く。 ツーリングマップに「山ぶどうソフト」と書いてあるので楽しみにしていたが、 時間が早く、まだ開いていなかった。
しかたがないので、また早足に歩いて道の駅大野に着いてしまう。 さすがにここで疲れが出て、かなり長めの休憩をとる。 あさじで食べられなかったソフトクリーム(山ぶどうではないが)も食べた。
大野からは疲れと暑さがどっと出て、 武藤は「街分が足りない」などと言っていた。
途中、魔羅の木彫りがたくさん納められ、安産などを祈った謎の建物を発見する。
その日は風が強く、雨が降る予報だったため、中九州道千歳ICの立体交差の下で雨をやり過ごせないかと思ったが、 適当な場所がなく、結局空き地の砂利の上にテントを張った。
少し雨が降ったその日のテントは蒸し暑く、シャツとパンツという紳士スタイルのテント泊だった。

【6日目】
いよいよ最終日である。今回の里ワンの中でも今日の行程が一番長く、28キロほど歩くことになる。

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準備体操を済ませ、昨日買い出しをしたAコープで用を足す。 早朝なこともあったが、この町では1人とも出くわさず、朝もやで太陽が白くぼやけており、 武藤が不気味だなどと言うものだから、とても不気味に思えた。
犬飼で長年苦楽を共にした(?)国道57号線に別れを告げる。 ローソンで朝食を摂り、国道10号線が新たな仲間になる。

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この辺りは橋が多く、また、看板に書いてあるマスコットキャラクターに筆舌に尽くしがたいものが多く、 真似をしたりしながら盛り上がった。
三叉路で日向街道に乗ると、後は1本道の最後の山道である。 町分がだいぶ増えてきたせいか、武藤も元気になり、 いよいよ海が近付くと、最後はずっと武藤となぜかSF的議論をして、 気づくと港に着いてしまった。
港は整備されており、海水に手を浸すことはできなかったが、これだけ歩いたのでもう充分である。 記念撮影をして臼杵から電車で大分まで移動した。

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電車の中まで続いていた武藤との議論は、 「人類の進化について」で始まり、「情報統合思念体に同情する」に落ち着いた。
大分で土産を買い集める。 道中、道端の産直店でしばしば見かけた大ぶりのメロンほどもある柑橘類(晩白柚?と言うらしい)をゲットした。実家に持って帰ろう。 武藤はまた本を買っていた。
その日は大分の焼き肉屋で打ち上げし(ビールのなんとうまいことか!)、東横インを寝床とした。

【7日目】
東横インで朝食を済ませ、大分城を見に行ったが、期待はずれ(完全に市の施設になっていた)だった。
小倉まで鈍行でゆっくり移動し、夜行バスが出るまでの時間、適当に散策した。 (筆者は石井と一緒にラーメンを食べ、土産を買い足した。石井はその後、武藤と一緒にブックオフを探しに行った。)
帰りのバスは行きのバスに比べて席がゆったりしており、3点セット(スリッパ、アイマスク、空気で膨らませる枕)も付いていて快適だった。 1000円の違いでこんなに楽になるなら十分である。

【あとがき】
こうして今回の九州横断徒歩の旅、通称里ワンは幕を閉じた。 里ワンは企画するのも参加するのも初めてであったが、山とは一味違った達成感のある旅だった。
今年の春は山スキーをほとんどできなかったのは残念だが、これはこれでいい経験ができた。
またいつか、知らない町や農村を歩きたい。海外がいいかな?
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夏合宿:上ノ廊下遡行

 2011-03-23
本記録はブログ開設後に部誌『つばくら』より転載したものです。
よって投稿日時と実際の活動日時に大きくずれがあります。


筆:現B4鈴木

メンバー:鈴木(B3), 石井(B3),加藤(B2),武藤(B2)

【はじめに】
筆者は北アルプスに思い入れが多い。 高校時代に表銀座~槍を縦走してからというもの、夏になるとこの日本の屋根に思いを馳せてきた。
大学に入り、沢登りを始めると、いつか北アルプスの沢をやってやろうと思っていた。
今年は(誠に残念ながら)新入部員がいないので、既存のメンバーだけである程度無茶が利く ということもあり、行くなら今年の夏合宿だと思ってトレーニング山行を行ってきた。
北アルプスの沢といって最初に思い浮かぶのがやはり黒部が上ノ廊下。 2002年度夏合宿で中山さん、車さんらのパーティーが、水量が少なかったとはいえ 難なく越しているのを見るに、今年のパーティーでも行けないことはないだろうと思い、資料収集を始めた。
上ノ廊下では、主にロープを使っての徒渉や、へつり・泳ぎが厳しいらしく、 水量によって難易度が大きく変わるらしい。
特に徒渉はトレ山ではやろうとしつつもなかなかできずにいたため、 少々不安が残る形ではあったが、ロープでの確保には慣れている(はず)ので 敗退ということになっても生きて帰れるであろうという自信はあった。
上ノ廊下の遡行だけでは、長くても1週間で終わってしまうため、 北アルプスで行きたい沢その2である双六谷を付け加えた。
当初の予定としては
黒四ダム→上ノ廊下→源流部往復→赤木沢→中のタル沢下降→双六谷→日程が余ったら笠ヶ岳→新穂高に下山
というルートであった。

【0~1日目】
毎度のことながら、そして毎度改善せねばと反省しつつも、出発日は慌ただしい。
やれテントが無い、やれ筆者のレインウェアが無い (どちらも筆者の所為でした :テントは先日のボッカでおもりとして使ったまま放置しており、 レインウェアは単純に家に忘れていた。 リーダーなのに面目ない、そして申し訳ない。)、 その他にもいろいろな準備が整っておらず、 当初の夕方発では問題を潰しきれずに出発することになってしまうため、 出発を翌日の始発まで遅らせることにした。 (かさねがさね、申し訳ない・・・)
その代わりに、道場先輩と仁先輩の差し入れをもらい、夕飯を奢ってもらう時間ができた。
結局慌ただしく準備を済ませ、始発の時間まで待ち、電車で寝ることを前提に出発と相成った。

初日の予定は、早朝信濃大町発で東沢出合の奥黒部ヒュッテまで行くことになっていたが、 早朝大岡山発になってしまったため、ロッジくろよんまでしか行けなくなってしまった。 翌日も奥黒部ヒュッテまでしか行けないであろうから、入渓が1日遅れることになる。
まあ、どうせ入渓したら厳しい日々の始まりであろうし、前日のドタバタで睡眠時間も足りていないので、 焦っての事故の方が心配だ。ここはゆっくりダム見学快適なテン場でのキャンプでも洒落込もうという 運びとなった。
筆者は電車内でひたすら眠っており、車掌が回ってきて切符の確認をしに来たが、全員分の18きっぷを 筆者が持っていたので、車掌に起こされるという場面もあったが、その他のことは乗り換え以外全く 記憶に無い。
信濃大町駅内にある蕎麦屋で朝食を摂り、途中扇沢で登山計画書を提出し、 バス、トロリーバスを乗り継ぎ黒四ダムへ。
トロリーバスの黒部ダム駅につくと、出口が2つあり、何の気もなくある一方へ。 するとそこが、土合駅ほどではないものの、長い長い階段であった。 抜けると展望台らしきところに出て、ダムが遥か眼下にそびえていた。 どうやらもう1つの出口は上り下り無く出られたらしい。石井が文句たらたらである。
扇沢駅では観光放水を中止しているというアナウンスがあって、実際放水されていなかったが、 展望台には人だかりができていた。
ここで再びアナウンス。中止していた観光放水を再会するそうだ。 ならば折角だから見ていこう。低いサイレンが渓谷にこだまする。
放水が始まったところで記念撮影。そそくさと駅出口で上った分を降り返す。
するとそのときである。後ろからゴンという衝突音。 慌てて振り返る。
どうやら展望台からペットボトルが落ちて来たらしい。しかも武藤の目前をかすめたらしい。 入溪前からラクの洗礼を受けるとは、いやはや、流石武藤と言ったところである。
・・・そしてこれがフラグであるとはそのとき誰も思わなかったのであった。

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ダムを渡ってコンクリートの道を少し歩くとすぐロッジくろよんであった。
まだ日暮れまで時間があったため、ゆっくりと夕食である。 水もいくらでもあったため、差し入れその1であるトウモロコシ2本を茹でて食べた。 メインは豪華にキムチ鍋。さらに、パスタ用に持って来たトマトの瓶詰めが 割れていたので(だから缶詰にしろといったのに!)、まだ使えそうな部分を集めてスープにした。 持って来た生バジルと乾燥ジャガイモが役に立った。
その夜は快適なテント泊であった。

【2日目】
この日も東沢出合の奥黒部ヒュッテまでなので、かなり余裕がある。
黒部湖西岸沿いの道であったが、梯子が何度もあり、かなり悪い道であった。 加藤をトップにして歩いていたが、皆かなり消耗してしまった。
平の渡しまでたどり着くと、船着き場に降りる道を工事していた。 工事中のところを通してもらい、ザックを置いて平の小屋まで行く。
渡し船が出るまでの1時間、なんでそんなに疲れたのか、皆でぐったりする。
渡し船では、船長(平の小屋のおじさん)が船に釣竿をセットしており、途中ニジマスを釣り上げていた。 「ちょっとそこ開けてバケツ取って」なんともシブいおじさんであった。
対岸に着いてからの湖岸の道も非常に悪い。 崩れかけの斜面が壊れかけの丸太で補強してあった。 次第に湖は川になっていき、どんどん対岸が近づいてくる。 道も谷の途中まで水を湛えた人工湖の湖岸ではなく、 長い時間かけて作られた広い川岸の森になっていく。
そうこうしているうちに景色が開け、東沢出会いにつく。 東沢は細いがかなりの水量と勢いをもっており、丸太橋が掛かっていた。 釣り人が急流に糸を垂らしている。こんな急流でも釣れるのだろうか? まだ14時頃で時間もあるしとりあえず奥黒部ヒュッテにテントを張ってからゆっくりしよう。
奥黒部ヒュッテは東沢出会いから数百メートルで、川沿いの森の中にあった。 ヒュッテでテン場の利用と入渓のための届出をしたところで新事実を聞かされる。
"今年はまだ誰も上廊下を抜けてないらしい"
今年は梅雨明け後も雨が続き、やっと入渓できるようになってきたが、 数日前に入った数パーティーも、増水のために引き返してきたという。 今年の第一登という千載一遇のチャンスに心を引き締めた。
テントは今日4時頃ヘリが来るのでそれまで待ってほしいとのことだったので、 荷物だけまとめて東沢で釣りをすることにする。 糸と針しか持ってきていないので、長い木の枝を拾って竿にする。 さっき釣り人がいたあたりを狙ってみたが、全く釣れる気配すらない。 石井は餌となる虫探しに熱中していた。
夕方、ヘリが行ってからテントを張ると、 小屋のおじさんが来て、「テント張るの待ってもらったから」と缶ビールを4本くださった。 あれ?テン場代、元取れてしまってない?

【3日目】
いよいよ入渓である。 装備を整えて東沢を少し下る。 途中川幅の狭いところで渡渉し、出会いにたどり着く。
出合付近の上廊下は広い河原になっていた。 膝下の渡渉を何度かしながら河原を歩く。

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しばらく行くと、河原にロープが残置してあった。 ロープの両端とも片岸にあるが、流れて来て引っかかったというよりは、 ちゃんと岩を支点にして確保したあとのように見える。 なんとも謎なロープだった。
河原の幅が徐々に狭くなっていき、大きく曲がったところで 正面に巨大な岩壁があらわれた。下の黒ビンガである。 そのいきなり視界に入った自然の彫刻に一同大興奮。 今年の第一登チャンスのこともあり、パーティーの士気は頂点に。
そこで小休止をとってからは、渡渉の連続となる。 最初の膝上ほどの渡渉でトップの石井が転んで流されそうになったので、 ここからは膝丈ほどの水位でもロープを出すことにする。
加藤と石井を順番にトップをやらせて渡渉を繰り返すが、 加藤がすぐに音を上げたため、筆者も参加する。
さすがの上廊下、渡渉して100メートルも歩かないうちにまた渡渉やヘツりが待っている。
途中、水面から2メートルほどの岩をトラバースし、 そこから1メートルほど降りるところで加藤がビビッたので、 勇気を出させるためにハーケンを打ってスリングを通したやったが、 体重をかけたところであえなく抜けてしまいドボン、スタートに戻る。 この一件で加藤の士気がガタ落ちてしまった。
そうこうして、なんとか口元のタル沢出会にたどり着く。 かねがねそこから上流のゴルジュは難所とは聞いていたが、その日の水量と水勢は凄まじく、 結局大高巻をすることになる。
水を汲んでから藪を登って高度を稼ぐが、両側がゴルジュの崖になっているので、 何度かに分けて偵察を出し、道を探った。そうこうするうちにあたりは薄暗くなる。
斜面を詰めていくと小さなピークとなっており、 そこからさらに稜線沿いに数十メートル進んだところに小さな岩のトンネルがあり、 中は4テンほどの広さになっている。 少し行くと木にスリングが残置されており、懸垂下降をした形跡のようだったが。 もう暗くなっていたので岩穴で夜を明かすことにする。
全員でそこについた頃には真っ暗になっており、ヘッドランプの明かりを頼りに銀マットを敷き、 入り口と出口(入り口との対称性から出口と呼んだが、人が一人通れるかどうかの穴)を テントのフライトツェルトで覆い(土にハーケンを刺してペグにした)、中でシュラフに包まった。

【4日目】
岩穴での朝食を諦め、昨晩見つけた木にかけられたスリングのところまで行く。 そこから3ピッチのブッシュ内懸垂下降と1ピッチの岩肌懸垂下降で半日ぶりに泥で汚れた足を洗う。

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降りたところは狭い場所で、泳ぐか岩肌をトラバースすれば先に進めそうであったが、 泳ぐには水流が早すぎた。 ちょうど岩肌にはハーケンが残置してあったので、そこを一人が行き、 あとはロープで引っ張りながら泳ぐことにした。
武藤がやる気を出したのでトップに行かせる。 おっかなびっくりなんとか向こう側まで行ったので、ロープを張らせた。
ザックをロープに繋ぎ、それを抱いて浮きにして、武藤がロープを引っ張る作戦だ。
一番手、加藤。砂利の上で体制をとって横になって「さぁ引っ張ってくれ」と言わんばかりに横になる。 さすがにまだ陸にいるのに引っ張れないだろう。なかなかシュールな画だった。
すこし広いところに出たので、そこで朝食とする。 ミョウガとなめ茸を和えたものは元気が出た。が、雨が降り出す。 ここで増水されると困るので、できれば広河原まで出てしまいたいが、 とりあえずさらに広い対岸まで進むことにする。
少し上流の岩場の残置ハーケン支点として渡ろうとするも、流れが急で石井と筆者が失敗。 さらに上流までトラバースし、ハーケンを打ってなんとか石井が成功した。
全員渡りきったところで雨はいよいよしとしとと降り続く様相を呈してきたので、 とりあえず皆で岩陰に。地図上ではもう一度渡渉すれば広河原につくようであった。 しかし、前日の岩穴ビバークと雨で皆体力を消耗していたため、テントを立てて一日様子を見ることとした。
午後になると雨は止み、後続の3人パーティーが来た。 彼らは先の渡渉ではまっており、何度かトライしていたが、うまくいかなそうだった。 石井が小便をしにテントから出て行ったが、すぐ下流で人が渡渉しているので、「すごいやりづらい雰囲気だった」と帰ってきた。
しばらくするとそのパーティーは渡渉を諦めたらしく、見えなくなったが、 その後高いところを苦戦しながら巻いているのが見えた。
その日は曇り空の下で濡れたものを乾かしながら過ごした。

【5日目】
外は明るくなっていたが、廊下に陽が射すまではまだ時間があった。 前日と変わらず水量は多かった。
この日最初の徒渉は、困難を極めた。 前回と同じように上流にハーケンを打ち、石井に行かせるが、あえなく断念。 次に筆者が行くが、ハーケンがとれてロープで回収してもらう。
少し上流までヘツれば簡単に渡れそうだったが、ザックを背負っては無理そうだったので、 ザックを置いて筆者一人で斥候に行く。
最初は腰まで浸かってヘツる。 岩の切れ目で凹んでいろところは深くなっており、水が下に向かって流れ込んでいるので溺れるような立ち泳ぎをしてしまったが、 底が身長程度しかないので、小学生のスイミングスクール以来のボビングで抜ける。 岩場に這い上がるとホールドのほとんど無いスラブで、寒さで手足が震える。 寒さに歯をならしながらおっかなびっくり行ったり戻ったりし、なんとか残置ハーケンをつかんだ。
なんとかへつりを抜けると、そこは広い河原になっていた。 少し上流を偵察すると、対岸(右岸)では昨日のパーティーがタープを張って火を焚いていた。 昨日徒渉をせずに捲いた彼らは正解だったのかもしれない。
岩が列になっており、走り幅跳びからの飛び石で対岸まで行き、徒渉で行くはずだったところまで行く。 先ほどのへつりで体温と気力を奪われた筆者は、陽が出ている岩場で10分ほど横になった。本当に疲れた。
このポイントにロープを渡すために、まずあちら側から釣り糸を投げさせた。 ビナを何枚かつけて重りにしたが、糸が絡まるのと、半分沢に入って体勢が悪いのでなかなかうまくいかない。 5度くらい投げてようやく糸をつかむ。その糸とロープを結んで引っ張らせ、ロープを渡すことに成功した。 このロープを頼りに徒渉させる。
この徒渉ポイントは、河がカーブしている点を外側から内側に渡るところで、 入った直後は流れが急だが、内側に行くほど浅くなる。 また、少し下流気味に進むと岩が出て一段低くなっており、水が暴れる。 よって上流に向かって水に逆らいながら渡るのが安全である。 トップはある程度流れに任せて下流に進むため、非常に困難だったのだ。
左岸のロープを固定し、右岸は筆者が確保して、一番手を武藤に来させる。 武藤は下流気味に流されながら歩いたため、すぐに水流に飲み込まれてしまった。
左岸に戻すために急いでロープを出すが、下流に流れるだけで全然向こう側に行かない。 通常、両岸の支点と確保される3点を考えたとき、片方の支点のロープを出すと、 ロープを出していない側の岸に流される。 しかし、武藤はロープにカラビナを通してそれに掴まっていたため、 いくらロープを出しても2等辺三角形が縦に伸びていくように、河の真ん中で下流に向かって流されてしまった。
慌ててロープ下流に走ってこっち側に流れるようにしようとするが、 すでにロープをかなり出してしまったため、こちら側にも流れてこない。 流れの速いところに流され、風の強い日の鯉のぼりのようになっていた武藤はとうとう手を離してしまった。
武藤はすぐにザックを捨てて、30メートルほど流れたところで岩にしがみついた。 ザックも同じ岩に引っかかったが、武藤が手を伸ばす前にまた流され、下流へと見えなくなった。
こちら側からはどうしようもないので、大声と身振り手振りで(なかなか通じなかった)加藤に確保させて石井に救助に行かせた。
左岸に行くために、加藤を右岸に渡らせ(すんなりいった)、筆者は右岸に戻る。
武藤には気の毒だが、武藤のザックに入っていた団体装備は鍋とテントのフライで、幸い食糧は無事だった。 この日はとりあえず安全な広河原まで出て、今後のエスケープルートを考えることにした。
石井武藤(今度はすんなりいった)筆者の順に徒渉し、3人パーティーのタープまで行った。

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話し合った結果、上廊下を詰めるか、引き返すか、スゴ沢を詰めてスゴ乗越に出るかで考えたが、 武藤が徒渉に恐怖心を持ってしまったので、藪こぎでたどり着けるスゴ沢を見ることにした。
その日は口元のタル沢出合付近にテントを張り、火を焚いて装備を乾かした。 火に当たるとやはり元気が出る。皆のコッヘルで米を分けて炊いた。 2日ぶりの快適なテント泊であった。

【6日目】
武藤は加藤のサブザックを背負い、カラビナで留めてかなり滑稽な装備をして出発した。
前日の夕方、スゴの滝までは偵察に行っていた。 スゴの滝は直登も可能そうであったが、左側(右岸)のザレ場が弱くなっており、そこから登ることにした。
石井に最初に行かせ、ロープを垂らしてセカンド以降を行かせた。 しかし思った以上に斜面が脆く、しっかりした足場と思ったら崩れたりと石井はかなり苦戦していた。
2番手の武藤はロープで確保されてそれなりにすんなり登ったが、3番手の加藤が登り途中でビビッて動けなくなってしまう。 ずっと動けないので確保してる石井と、滝の吹き下ろしで寒い筆者がだんだんイライラしてきた。 結局30分ほどかかってロープを頼りに登った。
筆者も登ってみると、なるほど非常に悪い。石井はよくノーザイルで登ったものだ。 スゴの滝を越えると、難易度の高くない連瀑帯が続く。
そのまま藪になるかと思いきや、10メートルほどの美しい滝が現れた。
向かって左側はザレ場の上が藪になっており、偵察に行ってみたが先に進めそうにはなかった。 向かって右側に縦にクラックが伸びており、チョックストーンがあり、そこから登れそうだった。
さっきも登ったからと石井がごねるので、筆者がリードすることになる。 といっても、ハーケンが打てるクラックではないので、登るとなるとフリーソロのシャワークライミングになってしまう。
滝下に立つと、胸の高さあたりにちょうど良い足場になるチョックストーンがあるので、「とりあえずここまでなら登れるだろう」と登る。 するとまた同じくらいの高さにチョックストーンがあるのでまた登るが、次のホールドに体重を預けた瞬間水が冷たくて後悔する。 しかし登ってしまうと大したことが無く、またチョックストーンがあるので・・・(略)
とやっているうちにハイマツの幹で確保できる高さまで登っていた。 今考えると恐ろしいことをした。ナチュプロの一つでも持っていたら安心感が違っていただろうと思う。
最後に登ってきた石井が「ものすごくつらかった」という感想を残す。
滝から少し行くとすぐに水が枯れてしまい、そこで水補給をしてからずっと藪こぎになる。
藪こぎに定評のある石井をトップにし、ハイマツや笹や広葉樹の藪を進む。 スゴ乗越の東にある2431m峰を目指してひたすらに高度を稼ぎ続けた。
そうしているうちに時間が過ぎ、薄暗くなってきてしまう。 スゴ乗越小屋の明かりが見え、十分な高度が稼げていたこと分かったので、そこから北西にトラバースする。 加藤はバテて武藤と装備を交換した(荷物が軽くなったらとたんに元気になるちゃっかりものである)。 ヘッドランプをつけてトップを交代しながら藪こぎを続ける。 あと1時間でつくだろうと考えてはつかずを繰り返し、 22時になったところで8リットルあった水が残り2リットルになってしまったため、藪の中でビバークすることを決意した。
笹藪で滑るため、装備を木に固定し、それに座る形で夜を過ごす。 装備を失った武藤は加藤からレインウェアを借りており、とても寒そうにしていた。

【7日目】
ほとんど眠れるはずもなかった。 5時、空が明るくなり始めたところで行動開始である。 石井は顔を隠すのを面倒くさがったらしく、顔中を虫に食われていた。
ビバーク点から1時間も歩かないうちに登山道に出る。 とりあえずスゴ乗越小屋まで戻り、沢装備をはずし(武藤は登山靴を流したので沢タビのままである)、朝食をとって休む。 小屋の人に今までのいきさつと武藤のザックのことを話す。
3日目の岩穴泊と武藤のザック流しと前日のビバークで個食をかなり消費してしまったので、 昼飯はおにぎりを作っていくとにする。 ご飯にわかめスープを入れて炊き、筆者はおにぎりにして笹の葉でくるんだ、が、笹の葉が思ったよりも小さく、 巻くのがめんどくさいため、一つで断念して、2つめはラップで包んだ。 ほかの者はコッヘルに入れてガムテープで留めて弁当にした。
この日は越中沢岳、鳶山を越えて五色ヶ原まで歩いた。
鳶山はさりげに今年のトレ山・合宿での最高峰である。そこで食べた笹おにぎりは美味しかった。 コッヘル弁当は不味かったらしい。勝ち組気分である。

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藪に比べて登山道のなんと歩きやすいこと。五色ヶ原に楽にたどり着く。
ここで生還祝いに残しておいたビール2本を飲み、若干ながら血食い(一人2.5合程度)をした。

【8日目】
すっかり元気を取り戻したパーティーは、平の小屋方面に黒部湖まで降りる。
平の小屋の人たちに、武藤のザックが流れ着いていないかの情報を聞き、 見つかったときのために電話番号などを教えた。 どうやら一家で営業しているらしく、冗談の通じる楽しい人たちであった。
そこからは2日目に通った道を引き返す。 黒部ダムまで戻ると、帰ってきたぞという気分になった。
トロリーバスで扇沢、大町温泉に入り、信濃大町までタクシー、電車で松本まで乗り継ぐ。 連絡人の道場先輩に電話をし、第一登に失敗した旨を話すと 「おまえらヒーローになってこいよ!もったいない!」 と楽しげに言われた。 道場先輩に調べてもらった焼き肉屋「晩餐館」で打ち上げ、反省会とし、松本駅で一泊した。
そんなこんなで、今年の夏合宿は終わったのである。

【あとがき】
今回の合宿は、当初の目的も果たせず、武藤が装備を失う結果になってしまった。
反省する点は多々あるが、一番の問題は、 リーダーである筆者が体力や体調、精神力を含むパーティーの実力を把握しきれていなかったことにあると考えている。
しかし自分やパーティーの勉強すべき点、克服すべき点が浮き彫りになった点においては、有意義な山行であったとも考えている。
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夏トレ山:湯檜曽本谷遡行

 2011-03-23
本記録はブログ開設後に部誌『つばくら』より転載したものです。
よって投稿日時と実際の活動日時、及び筆者の学年などにズレがあります。


筆:現B3武藤

メンバー:鈴木(B3), 石井(B3),武藤(B2)

【はじめに】
夏合宿のためのトレーニング第二回目は湯檜曽本谷。どうしても都合の合わなかったらしい加藤を除く3人のパーティー。事前に調べた限りでは結構難しそうな沢で、敗退の記録もある。沢の苦手な僕としては若干の不安を抱えながらの出発。

【0日目】
7月18日
(大岡山駅→土合駅)
前夜発で土合駅まで着き、長い階段を上る。僕にはこれが二度目の土合駅だったが、以前より人が少ない。テントを張ってさっさと就寝。

【1日目】
7月19日
(土合駅→武能沢出会い→十字峡→湯檜曽二股)
朝起きたのち新道を歩いて行くと武能沢に出る。武能沢からは沢装備に着替え、湯檜曽の本谷の河原まで下る。
入渓してからしばらくは水量がとても多く、膝あたりまで普通につかる。廊下状になっている部分が多く、右岸を少し巻き気味に進んでいく。前回のトレ山よりは順調に進むことができていて、不安も少しずつ解消されていく。
天気はとてもよくて霧も出ていない。上越の沢らしく明るい沢で、かなりテンションが上がる。

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最初の滝は斜めの切れ目に沿って水が流れていて、その左側を上る。
その後も順調に廊下状の部分を踏破すると沢は河原に。少し話したりしながらサクサク進んでいける。ふたつあった滝も問題なく越える。そのまま鉄砲尾根末端までいくと沢が直角に折れ曲がっている。地形図を確認して位置を把握。1年のときはついていくばかりだったため、読図は苦手だがこれほど分かりやすいと助かる。
その直角カーブを曲がるとウナギ淵。足がつかない水深の廊下が続いている。鈴木先輩はザックを背にして泳いでいくが、石井先輩は左岸を巻く。僕は日寄って石井先輩と同じく左岸コース。水が冷たくて寒かったので服を濡らしたくなかったのです。おかげで下半身しか濡らさずに済むが、鈴木先輩に「トレ山なのに……」と怒られる。すみません。
それにしても、河原になったり、深い廊下になったり、谷の表情が多彩で面白い。丹沢ではこうはいかない。沢登りは怖いので正直苦手だが、こんなに奇麗な沢なら怖いよりは楽しい。
ウナギ淵を抜けてからは何度も下半身を水につけつつ、地形図をみて場所を確認しながら進む。もちろん一本道で迷いはしないのだが、あくまでトレーニングとしての読図だ。
鈴木先輩「さあ武藤、ここはどのへん?」
僕「ちょうどこの、十字峡のところじゃないっすか?」
石井先輩「違うと思うよ」
鈴木先輩「うん、違うね」
そんな会話をしながら登っていくとようやく真の十字峡へ。大きな岩の上で一休み。大休止としてはこれが初めてで、日に当たって体温を取り戻す。それにしても景色が壮大。荘厳な教会にでも来ている気分になる。写真ではとても味わえない爽快感。下にも上にも沢の光景が開けているのが良い。

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十字峡を越えると幾つもスノーブリッジが残っていてテンションが上がる。まだ見えないうちから冷気でその存在が確認できる。これも丹沢ではありえないので本気で楽しい。
抱き帰りの滝に出たので、その水流の左側を登る。めちゃくちゃ高くて怖かった覚えがあるが、写真をみるとたいしたことない。不思議。水がかかって上半身まで濡れてしまうが、だいぶ日が高くなっていたので寒くはない。

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あとはしばらく滝もそれほどではなくて順調にのぼっていける。が、核心である垂直10mの滝の前で立ち往生。とてもじゃないが登れる気がしない。2つくらいルートを試して登っている先輩を後ろで見つつ、もし先輩が登ってしまったらどうしよう、ザイルあってもきつくない? とはらはらして見守る。結局先輩二人は直登、僕は巻き気味に草付きからクリア。
しかしここをクリアすればもう難しいところは無し。二股のテント場で設営し、ごろごろと休憩する。たき火しようという話もあったものの、木が濡れていて付かなかったので夕飯を食べて(たしかマーボー春雨)そのまま就寝。

【2日目】
7月15日
(湯檜曽二股→土合駅)
のそのそと起きて朝ご飯を食べる。2日目は詰めと下山だけなので気が楽。
目印の電線を見落としたりしてなかなか詰める道が見つからないものの、何度か往復して探しだし、さっそく詰めを始める。急だがそれなりに登りやすく、すぐに山道へ出る。
妙にうっそうとした山道で日も強く若干疲れたが、ほとんどトラバースする道のりだったのでさくさく進む。一度下山ルートを間違え引きかえしたりもしたが、ほとんど問題なく下山完了。

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夏トレ山:仙ノ倉沢遡行

 2011-03-23
本記録はブログ開設後に部誌『つばくら』より転載したものです。
よって投稿日時と実際の活動日時、及び筆者の学年などにズレがあります。


筆:現B3加藤

メンバー:鈴木(B3), 石井(B3),加藤(B2),武藤(B2)

【0日目】
(大岡山…土樽)
一回目のトレ山は雨で中止になったので、二回目だがこれが今年初のトレ山となる。メンバー表を確認し改めて一年生が入らなかったことに落胆しながらも、夏合宿にむけ沢のトレーニング。些かの不安はあったがなんとかなるだろうと、俺のこの考えが毎回良くないことを起こすのはいつも後になって気づくものだ。

【1日目】
(土樽…入渓点…ビバーク適地)
空は曇り、何とも言えない滑り出しに加えしょっぱなから迷い線路の上を歩き、謎のルートを開拓する。ある程度歩くと入渓点へ。

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見事なナメを進みながら、特にこれといった難所もなく順調に進む一行であった。しかし、気が緩むと事故が起きる。大ナメまで到達した一行。筆者は内心こんなの登れないだろう俺の実力的に、と思っていたが鈴木先輩の登り方を真似すると案外楽に登れてしまう。お、いけるじゃん。そんな事を思って気が緩む。滑る。落ちる。俺見事。幸いナメ滝なので滑り落ちるだけだったが、途中体勢を整えようとして左腕のひじを打ってしまい負傷。傷はそこまでたいしたことないが、怪我した場所が場所なだけに曲げ伸ばしすると結構痛い。 仕方がないので登りかけた先輩たちと武藤には戻ってきてもらうことに。

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先輩たちはともかく、武藤は相当びびってたようで後々ことある事にブーたら言われるが、華麗に聞き流すようにしている(※一番上まで登ったあとだったんだよ! 武藤)。この時鈴木先輩が滝壺に眼鏡を紛失し雨の降る寒空の中武藤が捜索するという一件があったが、武藤の努力むなしく眼鏡が見つかることは無かった。 この日はこのナメ滝の下でビバーク出来る場所を探し、一同就寝。

【2日目】
(ビバーク適地…平標山頂…土樽…大岡山)
2日目はこのナメ滝を越えるところから始まる。左腕は痛むものの、無理をしなければ大丈夫そう。それを越えた後はスラブの連続。一部雪渓もあったので、一歩滑るとジェットコースターの如く滑り落ちる一大アトラクションと化していた。内心めっちゃビビリつつ、生きた心地のしないままなんとか登山道へ。

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せっかくだから平標の山頂もとろうと、時間がおしてるのでさっさと行こうという流れになるが、俺と武藤はすでにバテていて相当な時間がかかってしまう。下山も急いで終電に間に合うかギリギリという時間だったのでさっさと降りたかったのだが、二人ともバテているので鈴木先輩にせかされながら降りていきやっとの思いで下山し、ギリギリで終電に間に合ったのであった。
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東工大WVブログ開設!

 2011-03-17
筆:B3武藤

このたび、旧HPの更新の面倒さを解消するため、ブログ形式に全面移行することになりました。
なおブログ開設は武藤がおこないましたが、パスワードなどはMLなどで各部員各OBに配布する予定です。
※旧HP : http://www3.wind.ne.jp/TITWVOB/wv/

また一応形式的には部活記録としてありますが、OBの山行記録も積極的に掲載させていただきたいと考えています。コメント欄につきましても、OB同士部員同士の掲示板感覚でつかえばいいのではと個人的には思っています。

なお本ブログは一応試験的に立ち上げたものです。他ブログサービスのほうが良いとか、デザインは違うのがいいとか、なにか意見がありましたらコメントに書き込むか、僕、武藤にメールいただければ対処します。


そして過去の山行記録をどこまで移行するかですが、正直面倒なので旧HPのものは移行しない予定です。
しかしそれではさびしいので、最近一年分の山行記録がありましたら、軽く文章にまとめ、あれば写真も添えて提供していただけると助かります。

連絡先としてはプロフィール欄のFMを使っていただいて構いませんが、ちょっとレスポンスが遅れるかもしれません。ご了承ください。わかるなら武藤の携帯のほうに連絡していただけると助かります。
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