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旧人合宿山スキー班@原始が原

 2016-03-23
筆:夏目
CL:夏目 SL:八木 食当:鈴木

期間:2016年3月23日~3月28日(5泊6日)


今シーズンは深刻な雪不足に悩まされた。加えて音頭をとるべき自分が単位不足に悩まされた結果、なかなか予定が定まらなかったことをお詫びしたい。
残念ながら、虚弱体質故に長期にわたって雪山に入れない2年深井と、滑走技術の問題で1年哲平は不参加。しかし過酷なトレ山を終始笑顔で乗り切った鈴木を加え、メンバーはなんとか去年と同じ4人になった。滑走技術においては、なかなかのレベルに纏まったのではないか。

行き先は北海道は富良野の原始が原。北海道の豊かな大地を滑り倒してやろう。


【入山前】

八木先輩は11日から北海道に前乗りしていて、中村は直前まで九州旅行に行っているため、鈴木と2人部室で準備をする。中村は里ワン中に九州の地でスマフォを壊したかなんかで連絡がとれないとか舐めた事をぬかしている。現地で合流するのが面倒だ。深雪は中村にラッセルさせることに決めた。
わちゃわちゃしつつもなんとか必要なものを揃えた19日、成田空港に向かう。手荷物が多いので荷物を預けるまでが大変。スキーワックスを没収されたり、預ける荷物が30kgに収まるように機内に持ち込むなどした。リッチにANAに乗ったので超快適でした。

札幌では季節外れの雨が降っていた。気温は東京より少し寒い程度で拍子抜け。例年はまだ雪が残っているはずの道路も少し残雪がある程度だった。
大荷物とともに一目散に北大の友達の家に転がり込む。昔から変な事ばっかりやっている奴だったが、今は競馬に嵌っているようだった。延々とグリーンチャンネルを観させられ、深夜まで彼の講釈を聞き続ける。悔しいけど結構面白かった。

下山してからのんびりする時間がとれるとも限らないので、次の日には札幌の観光地をだいたい巡り、ジンギスカンやお寿司を食べて英気を養う。霰が降っていたのでずっと地下を歩いていた気がする。

21日の早朝、八木先輩と鈴木と合流してレンタカーで無意根山に向かう。ピークでは天候に恵まれなかったが、良い足慣らしになった。下山後、鉄板と言われていたロードクエストの敗北を確認。友の馬券は紙屑となった。

無事札幌に戻り、無意根の打ち上げと合宿の決起会をしつつラーメンを食べていると、中村から不穏な連絡が入る。曰く、体調が悪いので合宿に参加できないかもしれないとのこと。九州での無理が祟ったのだろうか。札幌まで来るには来ると言っているので、身体の丈夫さだけには定評のある彼のことだから、なんだかんだ参加はできるのだろうと甘く考えていた。



【0日目:アプローチ(札幌 → 富良野)】

朝8時頃、中村から参加できないとの連絡が入る。それにしても眠い。全部競馬のせいだ。重い荷物に潰されそうになりながら札幌駅へ。ようやく4人で集合して話し合った。ぜひ中村を連れて行きたいところだったが体調はかなり悪いようなので、中村を除いた3人で行くことに。荷物を3つに分配して不要なものは送り返す。さらば中村。ちなみに米を3人分に減らすのが一番面倒だった。神奈川へ帰って行く中村を見送り、食料品の買出しなどを行う。前日の下調べの甲斐もあってスムーズに事が運び、余裕を持って富良野行きのバスに乗った。富良野までの道のりは3時間ほどあったので、ポップコーンを食べながら動画を観て、無駄に優雅に過ごした。

富良野は札幌よりだいぶん寒かった。待合室のテレビに映る高校球児を眺めているとタクシーが到着。不礼別へ向かう。運転手さんと話しながら徐々に近づいてくる富良野の山を眺める。もう熊は起きてるかもね、なんて言われてぞっとした。南アパーティの猿襲撃事件を聞いた後だと猿ですら怖いというのに。

うとうとと窓を眺めていると、除雪区間が終わり、タクシーが止まる。もう日も落ちていた。カーナビで現在地を確かめて愕然。道路全然除雪されてない!。過去には同時期に秋雲橋まで車で入っている記録もあり、その付近まで行けると理想的だったのだが、そこから8kmほど離れた場所にいた。つらい。

タクシーのライトが遠ざかるにつれて闇に飲まれていくのを感じながらスキーを履き、ザックを背負う。
登山口へ続く林道の入り口に辿り着いたころには20時近くになっていた。予定よりかなり手前だったがそこで幕営する。よく見たらそこの道も除雪されていて車で入ってこられそうだ。帰りはここまで迎えにきてもらおう。


【1日目:原始が原へ】

5時に起床しザックを背負う。この重さでスキーを操るのは無理だ。ましてやシートラなどもってのほか。林道にはツボ足の跡があった。登山口を過ぎて登山道に入ると、俄然道が険しくなる。前富良野へと続く夏道とはすぐに別れて、原始が原へ一直線に向かう。赤テープもほとんどないので慎重にルートを選んだ。雪面には人の足跡は一切ないが小動物の足跡は大量にある。僕らにとって歩きやすい道は彼らにとっても同じのようで、幾度となく彼らと同じ道を辿った。
二段の滝を過ぎたあたりで思い切って尾根へ詰める。その大きな樹木の立ち並ぶ尾根を少し登ると、だだっぴろい雪田に出た。目的地の原始が原である。窮屈なトラバースの直後に素晴らしい開放感。定着するには最高の場所だ。場所が特定しやすそうな大きめの樹林帯にテントを建てる。欠員の影響で6テンに3人なのでとっても広々。一番荷物の重い日を乗り越えたことを喜びながら団らんした。

夕飯はコッヘルで敢行するジンギスカン(?)だ。なかなかうまい。そして八木さんのお土産の流氷カレーを食べる。青と白のカレールウを上手い具合に流氷っぽく盛りつけてね。という無理難題を売りにしたカレーで、味もまぁ見た目通りだった。水作りの際は、エキノコックスを警戒して沸騰するまで加熱した。とてもめんどくさいが、テント内は暖まるし、お湯は湯たんぽになるしで悪くない。夜はあまり冷え込まず、暑いくらいだった。


【2日目:富良野岳】

4時半起床。出発は5時過ぎになってしまった。天気は快晴!。余裕のあるうちに、ということで富良野岳を目指す事にした。原始が原は樹林帯の中に大きな湿地帯が点在する地形になっており、冬は湿地帯は全て雪に埋もれ、真っ平らな地形になる。さながら白いゴルフ場である。同じような地形が繰り返し続く上、斜度もほとんど無いので現在地の把握が難しい。
まずは夏道沿いの湿地帯を進む。樹林帯よりはラッセルが楽だが、それでもかなり埋まる。どんどんウェアを脱ぎながら歩を進めて行くが、気のせいかどんどん目標が遠ざかっていくような…。
湿地帯を抜けて少し樹林帯を歩くと富良野と前富良野の間のコルに着く。振り返ると原始が原の斑な雪原にトレースが1本、コルの向こう側には富良野の町が見える。浮き足立ちながら広大な斜面を頂上目指して登りだした。
1700付近でアイスバーンが目立ち始める。クトーがあればよかったが鈴木のクトーは中村と一緒に神奈川に行ってしまっていた。仕方ないのでシーデポしてアイゼンで登る。山頂に着くころには快晴だった空は完全に曇ってしまっていた。残念。

下りはパウダーになっている斜面をうまく選んで大滑走!下れば下るほど晴れていく!広い斜面きもちいいい!ほとんどノンストップでテン場まで滑る。登りのトレースからはみ出ないように滑るのがコースター気分で楽しかった。
テン場は奇麗な青空。まだ正午だったので恒例の雪のテーブルを作った。夕飯は海鮮たっぷりの寄せ鍋。うますぎる。八木先輩は北海道らしく余市ウィスキーを嗜んでいた。
八木先輩のヤッケが破れてしまっていたのでドヤ顔でリペアーテープを取り出す。湯たんぽ作りをして就寝。寒い。


【3日目:大麓山,トウヤウスベ山】

朝。絶望的に寒かった。もこもこに着込んで原始が原を大トラバース。視界が数十メートルだったこともありどこを歩いているのか全然わからない。コンパスを睨みながら歩く。思い通りの場所に東側の山々が見えてきた時はほっとした。
布部川のスノーブリッジを恐る恐る渡り、五反沼を過ぎて、トウヤウスベの東尾根にとりつく。斜度は緩いが雪深く、風は強いのに汗だくだった。頂上に着くと原始が原を一望できた。見れば見るほどゴルフ場。とても寒いのでさっさと次の大麓山を目指す。そこはもっと寒かった。眺望もない。
トウヤウスベの北尾根を下るつもりだったが、八木さんの提案で大麓山の北の沢を滑ることにする。出だしは北側故にガリガリ&樹木でぼこぼこでとてもスリリング。後半は穏やかなパウダーでゆったり滑れた。良い斜面だった。
布部川まで下りきって渡れる場所を探す。五反沼まで引き返すことも覚悟していたが、幸いにも近くになんとか渡れる場所が見つかった。経験上、川が曲がっている場所で渡れる事が多い。内側の流れが遅いからだろうか。行きのトレースが残っていたので迷うことなくテン場に戻れて一安心。

夕食はカレー。ここで山カレーを楽しくする工夫を2つ。鍋こそぎにシリコンのヘラを使う。箸やスプーンでやっていたのがあほらしくなる。そして増えるわかめ。カレーコンソメのクオリティが高まる。重さも無いに等しいので良い。ゴマとかも欲しくなってくるなー。スキー班は常に美味しい山飯を追求しています。


【4日目:停滞】

天気が悪かったので停滞。だらだらしていても山では時間がゆっくり流れる。昼食にじゃがバターを食べたり大量に水を作ったりトイレを改築したりした。
八木さんは2日目に無くしたウイスキーを捜索している。テン場前の雪を全て掘り起こした頃に発見された。夕方は雪がやんで夕焼けがとても奇麗だった。明日は晴れるかな。


【5日目:境山(撤退)】

たっぷり休んで4時半ごろ出発。天気も良くないので下ホロカメっとくのは止めて、境山を目指してほぼ真東にトラバースする。シーソラプチ川二股の間の尾根に乗ってずり落ちないように踏ん張りながら登る。空は曇っているが視界自体は悪くない、しかし進行方向の山々は完全に雲に覆われていた。
1685コルに乗るかどうかというところでついにホワイトアウトする。あとは150mほど登るだけで境山山頂だったのだが、待っても視界は得られそうにないし、そうこうしてる内にみるみる体温が奪われていくので、泣く泣く引き返すことに。二股に戻るまでの滑走は圧雪されてるかのように滑りやすかった。

原始が原に復帰するととてもいい天気。ここにきて初めて太陽に照らされた原始が原を見る。まっさらな雪田は鏡面やみなもと見まごうほどで、とても美しい。
しかし良い事ばかりでもなく気温の上昇とともに雪が腐り、前に進むのが苦行と化した。板のうらにはべったりと雪がついて滑らないし鉛のように重い。スキーワックスを空港で没収されたあとに買い忘れたのが悔やまれる。
ストレスが限界に達したのでそれを雪だるまに昇華し、雪玉によって討ち倒すことで解消する。テントに戻ったあとも良い陽気だったのでゆったりできた。

最後の夕飯にはカレーパスタを作る。会津駒のトレ山で偶然できた予備食用メニューを夕食に格上げした。アルデンテにこだわる僕が大騒ぎで麺を湯で、ルウ担当の鈴木を焚き付けまくる。パスタのゆで時間とはソースとからめるまでの時間なのだ。トロピカルな風味のルウはパスタによく合った。
明日スムーズに撤収できるように身辺整理して水作りもそこそこに就寝。僕のシュラフがやたら湿っていて何故なんだと文句を言ったら、下着同然で寝ているからだと指摘された。ドライレイヤーは僕の汗を次のレイヤー(=シュラフ)に移行し濡れ戻りを抑制する役割を全うしていた。なるほどねぇ。


【6日目:前富良野岳のち下山】

時間が厳しいので早くに出る。雪は降っていないが星も見えない。
まずは前富良野のピストン。全装で前富良野の南尾根を降りる選択肢は滑走の不安から避けた。富良野のコルまでは2日目と同じ。朝早く気温が低いため雪が良く締まっていた。コルから前富良野山頂に向けて登り始める。西側斜面の富良野岳に比べて登り易かったが、標高を上げるにつれてガスが酷くなっていく。1580あたりで尾根が狭くなり、視界ほとんどがなくなったため、スキーをデポ。目の前が真っ白な中ストックで崖を探りながら手探り状態で登って行く。正直言って超怖かった。何度も後ろ2人を振り返っていたのは、ついてきているか確認するためではなく白以外の物質を視界に入れたかったからです。

目の前が下りになったところで行き止まる。夏道が通じず、山頂標識すら無い以上どれだけ進んでも本当に山頂を踏んだかどうかはわからない。というわけでここを山頂だと思い込む事にした!2人にカメラを向け「心の底からここを山頂だと信じ込んでいる表情で」と注文を投げたところただの引きつった顔を見せてくれた。
下りは目を皿にして行きの踏み跡を捜しながらより慎重に降りる。生きた心地がしなかった。後に鈴木に感想を聞くと「こういう風に山岳遭難は起こるんだなと思った。」と言われてしまった。冷静になって考えるとロープなしで行って良いコンディションじゃなかった。雪庇を踏み抜かなかったのも、下りで道を失わずに戻って来られたのも幸運だった。大いに反省しなければ。

滑走は広い尾根なので危険こそ無いが、視界の影響で前後感覚がめちゃくちゃなので苦労した。コルに戻ると視界がクリアになり青空すら見える。恐怖から解放された後の滑走は浮遊感抜群のパウダーで、個人的には本合宿のベストラインだ。
テント場に戻りいそいそとテントを撤収しているとみるみる雲が消え、太陽が顔を出す。前富良野を見ると輪郭を取り戻した山頂の鋭角に見下ろされる。に、憎たらしい...。登り直したい気持ちもあるがそのときには曇っているに違いない。最後まで天気に翻弄された合宿だった。

重い荷物をどうにか持ち上げ下山開始。重装での滑走は潰れそうになる体との戦いだ。さすがの鈴木も疲弊している様子。なんとか滑れるラインを見つけて比較的スムーズに降りられたが、時間以上に長く感じる滑走だった。不動の滝付近でいつの間にか見覚えのある地形に囲まれたと思ったら、我々の5日前のトレースが見つかった。それを辿って登山口まで一直線。鈴木が下山パワーを発動して渾身の滑りを見せる。最後に長いだけの林道を漕いでようやく道路に到着!。足も滑走面もボロボロだった。

タクシー会社にゴネて地図に載ってない道を通って迎えにきてもらう。タクシーの暖かさに文明を感じながら帰還した。さあ一刻も早く温泉につかろう。夕飯はジンギスカンを食べよう。そして残った日も思い切り北海道を満喫してやろう。


【その後】

夜はジンギスカン食べ放題で豪勢に打ち上げのはずが、疲れからか僕はもちろん他の2人もビール一杯でクラクラに。ほとんど食べられずに終わった。
夜食に北海道ローカルカップ麺の焼きそば弁当をいただく。

翌日はレンタカーを借りて神威岬へ。風の影響でチャレンカの小道(?)は渡れず…残念。
また、マッサンでも話題になったらしい余市のウィスキー蒸留所へ。ここでは試飲もできるので、下戸である自分が自然とハンドルキーパーに。美味しいりんごジュースをいただいた。まぁ自分も飲むの自体は好きなんですけどね!!!


【まとめ】

旧人合宿が復活して3年目、今回は滑れるメンバーが集まったこともあり、北海道まで足を伸ばした贅沢なルートが実現した。来年は文登研で学んだ八木と夏目が同時に抜けてしまうことになるが、トラブル続きの山行の中でも一通りのことは伝えたつもりだ。これからもサポートは惜しまないので、ぜひ来年以降も続けてほしい。よろしく頼むよ、鈴木! ...と中村!
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1/23 西吾妻山・山スキー

 2016-01-23
筆:田中

CL:八木(B4) SL、装備:中村(B2) メンバー:鈴木(B1) 田中(B1)
行程:1/22【大岡山〜五百川PA】
   1/23【五百川〜グランデコスキー場〜西大嶺〜グランデコスキー場】

山スキーの入門として、東北の西吾妻山へ行くことになった。スキーが下手な自分は行くかどうか悩んだが、せっかく八木さんに入門用に計画を立てていただいたので、とりあえず体験してみることにした。

◆0日目(1/22)
一年生二人はOBの方々から山スキー用品をお貸ししていただいた。慌ただしく準備をしながら、八木さんの家の車で大岡山を出発。途中で車にチェーンを巻いたりしつつ五百川PAに到着。そこで車中泊をした。

◆1日目(1/23)
6時頃に起床。ウェイウェイした集団が「パリピ」という言葉を連呼するのを横目に朝食を食べ、7時頃出発。8時30分頃グランデコスキー場に到着。そしてリフトでリフト頂上まで行き、遂に初の山スキーがスタートした。シールをスキーに付け、八木さん、中村先輩に登り方を教わるが、最初は角度が緩いところでもなかなか登れなかった。しかし、自分も鈴木も登っているうちに段々コツをつかんできて、いいペースで登れるようになってきた。慣れてきたところで、今度はキックターンを教わる。鈴木は上手にできていたが、体の硬い自分は思い通りに足を動かすことができず、何回も失敗した。
そんなこんなで登っていたが、出発から1時間ほどしてアクシデントが発生。自分が付けていたシールが片方スキーからはがれてしまったのだ。とりあえずテーピングでシールをスキーに強引にくっつける応急処置でその場は凌いだ。
そこから30分ぐらいして、稜線上に出た。すると、またアクシデントが発生してしまった。もう片方のシールもはがれてしまったのだ。急な登りの途中ではがれてしまったので、滑り落ちそうになる恐怖と戦いながら、先ほどと同じように応急処置を施した。
12時30分頃、いろいろありながらもなんとか西大嶺の頂上に到着。当初の計画ではそこから更に登って西吾妻山を目指す予定であったが、自分のシールの状況と時間を考慮した結果、八木さんは引き返すことを決断した。
そういうわけでここから、自分にとって山での初滑降となった。何度も何度も転びながら進んでいった。辛かったけど、八木さんに気合いを注入してもらい、なんとか心が折れずに済んだ。鈴木はとても上手に滑れていた。
3時頃にグランデコスキー場に無事戻ってきた。自分が転びまくったせいで暗くなる前に戻れるか不安だったので、安心した。

【まとめ】
自分のスキー能力の低さを実感した。これから山スキーを続けていくには相当練習しなければならない。また、車の運転も先輩方二人に任せっきりになってしまったので、それも練習しなければいけないと思った。
とても辛かったが、色々と初めてのことを経験でき、大変有意義な山行となった。
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旧人合宿@八甲田山 2015/03/22~26

 2015-03-28
筆:八木(B3)
メンバー:CL八木(B3) SL夏目(B2) 中村(B1) 深井(B1)

3/21【上野バスターミナル~青森駅】
3/22【青森駅~酸ヶ湯温泉10:00…笠松峠14:00…石倉岳15:00…(滑走)…笠松峠BC15:40】
3/23【笠松峠BC6:30…小岳8:30…高田大岳中腹10:20…(滑走)…猿倉温泉11:00…笠松峠BC13:00】
3/24【終日停滞】
3/25【笠松峠BC8:00…駒ヶ峯10:30…(滑走)…赤水沢進入12:00…(登り返し、滑走)…笠松峠BC15:00】
3/26【笠松峠BC8:00…大岳11:00…(滑走)…酸ヶ湯温泉13:30】
3/27【酸ヶ湯温泉~青森~(青森観光)~青森~東京】

現役最後の合宿。3年間の締めくくりの地として選んだのは、かの有名な八甲田山。正直新田次郎の『八甲田山』のイメージを出ない地だったが、量、質共に充実して、自分の中では満足できる合宿にできた。

◆0日目(3/21)
直前までプログラミングのバイトを詰めて、バグが出ないことを念じつつ土曜日に部室集合。3年目になると慣れたものでホイホイ必要な食糧や装備を吟味してザックに詰め込む。ここ最近大学まで車を持ってきて荷物を詰める山行を続けていたのでザックを背負って上野駅まで向かうのは堪えた。1週間分の食料を積んだザックが重い。バスの発車が20時だったので結局出発直前まで夕食が食べられず、コンビニ飯を5分で掻き込んで高速バスに乗車。まずまずの乗り心地で朝6時過ぎに青森に降り立った。

◆1日目(3/22)
朝。酸ヶ湯温泉行きのバスが出るまでまだ時間があるので立ち食いそばを食したのち海を見に行った。5分ほどで海岸に着くと、青函連絡船の八甲田丸がある。面白そうだが、リニューアル中で中には入れないそうだ。雪こそないが風が吹き付けて異様に寒い。コンビニで持参し忘れた予備電池等を買い足す。そうこうしているうちにバスが来たので乗り込んでウトウト。気づけば見慣れた雪景色が広がり、先には今回の目的地である八甲田山系が姿を見せた。

途中ロープウェイの麓駅で休憩。既に周りの積雪は3mは超えているだろう。流石に青森県内でも有数の積雪量を誇る八甲田に度肝を抜かれる。そこまで標高差があるわけでもないのに、あまりにも唐突なのだ。駅の中は高倉健、というか「八甲田山死の彷徨」博物館状態であった。少し進んで酸ヶ湯到着。

>合宿スタート

酸ヶ湯の天気は快晴、事前情報で暫く道は除雪されていると聞いていたので少し先まで走って見に行く。周りの雪は4m以上。大岳が見えた!気分ウキウキである。旅館前で写真を撮ってもらって出発。アスファルトの上をスキーで歩くわけにもいかないので全装背負って歩くが、重い。軟弱山スキー班は重いだけでも皆思い思いの文句を垂れる。深井に至ってはなぜかザックからあふれた荷物をボロボロの袋に詰めており、「いつ破けるか分からない」と謎のボヤキを発していた。


>あヽ積雪。

この先はまだ道路封鎖されている。とはいえ人が通る隙間くらいあるやろと歩いていくと、重機で人が入る隙間もない。これは想定外。ウロウロしながら雪壁の上に上る場所を見つけて、スキーを履いた。太陽眩しく、歩くだけで汗が流れて仕方がない。


>みゆるは硫黄岳

少し予定が狂ったが道の側を軽快に進む。雪壁の高さはついに5~6mに達し、落ちたらヤバそうな高さである。なんだかんだ道の側が一番平らで歩きやすいのでスリリング。道路越しにおじさんとすれ違った。空は青く、硫黄岳が見える。1年生がトラバースでずり落ちたり道路に落ちたりしないが心配だったが、しっかり着いてきている。1時間ほど歩いたところで休憩。周りには誰もいない。ステキだ。

さて、笠松峠は反対側なのでどこかで道路を渡らないといけない。ほどなく降りる場所を見つけたのでスキーを脱いで道路に上陸。折角いい所に来たのでストックで文字を掘る。意外と雪が堅い。中村が「光 参 場」と書いたのでとりあえず袋叩きにする。これは大学生なのだろうか。とりあえず一足早くTitech W. W. 2015. 03. 22と書いておいた。

さて、歩く。歩く。歩く…登れる場所がない。スキーを持つ手が重い。モクモクと歩いて1年ズを完全に追いていく。次に登れたのは結局笠松峠にたどり着いてからだった。疲れた。結局、予定よりかかって3時間以上消費してしまった。

この時期の笠松峠と言えば目線の高さにある標識。今年もたっぷり雪があったので喜び勇んで標識の側へ。後から来た下級生に雪玉を投げつける。やろうと思えば標識に乗っかることも出来たが流石に高さが5m以上あるのでやめた。写真撮影。付近一帯は程よく木があってどこでも張れそうだったので標識から数分の場所にテン張った。やわらぎ。次第に雲が厚くなってくる。意外と疲れていたこともあって一滑りしようかひどく悩んだが最終的に石倉岳へ。


>流石日本一の積雪深を誇る酸ヶ湯

石倉岳の東面は僕的には涎が出そうな斜面なのだが、1年生は死んだような顔をして見つめている。微妙に割れているが斜面は安定している。1時間ほど歩いて山頂へ。「これ滑るんですか…?」としきりにつぶやく中村深井。無視。雪が降ってきて視界がやや悪かったがトップ滑走。

雪質は十分。楽しい。いきなり斜面中腹に来てしまう。中村に合図する。中村は所々不安定だがそつのない滑り。滑り出しの急斜面(30度程度?)はビビっていたが。続いて深井。しかし、全然降りてくる気配がない。完全にビビっている。ターンしようにも腰が引けているので転ぶ。こればかりは経験なので仕方ないが、怒鳴りつつ声をかける。10分ほどかかって何とか降りてきた。夏目は文句なし。2本目は緩かったのですいすい降りて、今日の行動を終えた。


>いいフォーム(正しいかは知らない)

さて、今日のメインイベント、夕食である。本当は晴れ晴れとした空の中青空夕食としたかったのだが、もう完全に雪。絶望する。仕方がないのでテントで開催。

ステーキである。

このステーキ、1年間勤めたバイト先でとてもお世話になった社員さんにボーナスとして頂いたもの。横濱ビーフと鹿児島ビーフが計1kg。これに少しリッチそうな香りソルトとにんにくと共にいただく。

テント内で煌々と輝く霜降り。ウマい!!付け合せに持ってきた野菜(もやし・にんじん・キャベツ)も肉汁に絡めて無駄なく食べる。分厚いヒレ肉が特に美味しかった。感謝しながら、3年間で最も豪華な夕食を堪能した。


>リッチすぎる夕食。外で食べられなかったのが残念

食後、外で何やらゴロゴロ鳴っているので、てっきり除雪車かと思っていたら、雷であった。しかも結構近い。光るテント。さらに小粒の雹が降ってきた。勘弁してほしい。ジッポを持ってきた中村のドヤ顔劇場ののち明日に期待して寝た。


>ウヒョー

◆2日目(3/23)
4時半起床。外を見ると嵐は去り、完ぺきではないが視界はクリアだ。予定では櫛ヶ峯だったが、天候が下り坂であることを考えて小岳ルートを選択。意外と木が多く先が見えないのであてずっぽでルートを取ったが割と上手くルート取りできた。夢に見たとおりの銀世界に感動しつつ写真を撮りまくる。うっすらとではあるが櫛ヶ峯方面も見える。こうしてみると非常に平坦な地勢で、視界のない時の行動は難しそうだ。

標高を上げるとみるみる風と共にガスが出てくる。じっとしていると寒い。凍った木から張り出した根のような起伏を1つずつ越えながら小岳の頂上を目指す。シールで何とかなるくらいの斜面かと思いきや、ずり落ちる深井、中村。教えながら登る。ひたひたと標高を上げると木が消えて、小岳の頂上に着いた。


>風が強い

とりあえず写真を撮るが、1400mとは思えないほどの強風である。氷の粒が顔にあたって痛い。休憩もそこそこに滑走準備をするが、風は強いわ寒いわ痛いわの大騒ぎで何とか準備。見ると高田大岳側は晴れ間が出ている。滑走!

サングラスが曇って良く前が見えなかったのだが、雪質は上々、どれくらいスピードを出しているのか分からないが楽しい!ハハハハと笑いながら滑っているうちにあっという間にコルに着いた。後続も今回は皆スピーディーに到着。コルに下りれば風も弱く、しかも青空まで見える。良くわからないがテンションだけは上がる。ビックにそびえる高田大岳に取り付いた。

しかしここでトラブル発生。気温が低いせいか、中村、深井双方のシールが剥がれる事件が発生。深井はせっせとガムテープで補強しているようで、10分以上上がってこない。そうこうしているうちに中村もシールがはがれ、ダイナミックな姿勢で補修。が、ダメ。取り付いて30分ほどたっても一向に進めそうにないうえ、また曇ってきたので、高田大岳の斜面は泣く泣くあきらめることになった。残念。もっとも斜面恐怖症の深井などはホッとしたことだろう。

少々早くなってしまったがここから道路まで下り一直線である。序盤はやや急な浅めのパウダー。ちょっと重いが許容範囲。深井などに「こうやって滑るんだよォ!」と手本を見せるが、正直身体にしみついてしまった動きなので、説明できない。へっぴり腰でぎくしゃくと降りる深井。


>安心してみていられるのは夏目、余裕の表情

斜面が緩くなってくるとあとは楽しむのみである。抵抗がない上に周りの景色が変わらないので自分がどれだけスピードを出しているか分からない。悪いことに時々視認しにくい段差があって、カメラで動画撮影しながら滑っていたら木の根に足をひっかけてその場で90度回転して転倒した。うう…。木がまるまる埋まっていることもあって油断ならない。

一応コンパスで確認しながら滑るのだが、どうしても斜面側に寄る悪い癖が今シーズンを通じて猛威をふるって、後半は迂回するべき沢の横をジリジリ進む状況に。ここまで来てしまうと楽しかったあの日々は終わり、さあ頑張ろうといった所だ。10分ほどジリジリやって出た先はちょうど猿倉温泉だった。BINGO。

当然下には降りられないので僕などはシールを履く。しかし深井中村はシールが使用不能なのでツボ足。修行の幕開けである。早速道路沿いを登るが意外と斜度があり、僕はさっさと上がってしまったのだが他3人はゆるい場所が見つかるまで結構大変そうであった。道路下を見やれば除雪車が降り続ける雪の中颯爽と除雪している。ありがたやありがたや。ツボ足勢、特に深井がつらそうだったので先頭をシール勢が踏み固めることで対処した。

結局途中で深井のスキーを僕が背負って、帰り道の中盤を歩く。1時間ほど歩いてようやく道路下に下りることが出来た。下はコンクリートでも、圧力でシールのしたに厚い氷の塊が形成されてビョンビョン歩くことが出来る。意地で深井のスキーを背負ったまま歩いたが結構消耗してしまった。途中哀れにも道路に落っこちて行き場を失ったネズ公が居たので救出する一幕があった。

結局2時間歩いて帰幕。自分の写真を撮ったら頭と眉は白くなってなんともみじめな姿であった。例によって固着した氷をシールから剥がす作業に30分程度かかった。

さて、明日は荒天が予想されるので、ベースキャンプらしく風防を作ることを思い立った。やることはかんたん。スノーソーとシャベルでブロックを切り出して積むだけ。しかしこれが思いの他大変。1年も割合動けるのでそれとなく下級生に負担を押し付けつつブロックを切って運ぶ。夏目が編み出した「夏目メソッド」は、スノーソーで一度に沢山切れ込みを入れて一気にブロックを取りだす方式。結局2時間近くかけて立派な風防が出来た。これで安心。


>嵐に備えて風防

夕食はカレーライス。差し入れだったか自前で買ったか覚えていないがワインを賞味して、明日は停滞だろうなと思いながら床に就いた。

◆3日目(3/24)
朝、外を見ると必然ともいえるガス。雪も降り続いている。予定通り停滞。常念パーティーを想う。僕と夏目の側はちゃんと除雪していたのだが、深井と中村の側はサボっているので入り口が埋まりかけていた。面白いので放置。テントに戻って持ってきた小説でも読もうとゴロリ。朝から携帯が見当たらないが、まぁいいだろう。テント内で優雅に時間を潰す。1年はひたすら寝ている。気温はまぁ冬山並みには低いのだがそこまで気にならない。


>停滞中は休むのだ。

昼前、夏目がチーズフォンデュを始める。フランスパンもバッチリZIPロックに包んでの万端の体制である。ンマーイ!まだ1年ズが寝ているのでついたくさん食べてしまった。暖かい食べ物は幸福度を上げてくれる。食べ終わったあとはヒマなので皆携帯で暇つぶしを試みるが、ここ笠松峠は電波状況が悪い。ソフトバンクは一切反応がなかった。夏目たちは「ツムツムチャレンジ」と称してツムツムをプレイできるかトライしていた(なんでもプレイ開始時にネットにつながっている必要があるらしい、お疲れとしかいいようがない)。

午後は雪づくり。新雪の密度が低いので容赦なく1年に雪を鍋にどんどん入れろとせっつく。時間もあるので8L近く作ったと思う。情報が来ないので天気図も念入りに。夕食はおいしい鍋を食べて英気を養った。お米もここまで上々の出来。昨夜堀った穴やトイレが埋まる程度、50cm位はこの日降ったように思う。

◆4日目(3/25)
この日は遅めに起床。今日から天気は回復傾向なのでまだ行っていない駒ヶ嶺・櫛ヶ峯を今日は目指してみることにする。残念なことに視界はあまりない。外に出ると70~80cmの降雪は流石にハンパじゃなく、2日前とはまるで景色が変わってしまっている。

道路を横断してスタート。さて、実際に立ってみるとどこへ向かえばよいのかさっぱり分からない。幸い中継地の駒ヶ嶺までは直線的に歩けるのでコンパスに忠実に従って進む。人間とは頼りないもので、ちょっと迂回するために向きを変えただけで90度近く進もうとする方向がずれてしまう。視界は100m程度なので何とも難しい。そういえば、車線変更する際のハンドルの動きを手元で再現させると、高確率で「1度ハンドルを切って直進に戻す」という誤った動作を再現しやすいらしい。こういった話と似ているように思う。それにしても、一面の銀世界、生物の気配は全くない。3月なのにクリスマスの心持ちである。

途中池のような場所があって、その周りは全く木がない。当然渡れるのだが、周囲の木という手がかりすら失うと平衡感覚すら怪しい。天気は良くならないままホワイトアウト状態で駒ヶ嶺山頂らしき場所に辿りついた。写真を撮るが寒いし風は強いし散々である。あれ、デジャヴ。


>空元気

まだ午前中なので櫛ヶ峯に行こうか少し悩むも、この天気では楽しくなさそうなので引き返すことを決定。残念だがこれも仕方あるまい。下山が1日延びる旨酸ヶ湯のパトロールに連絡するため、半泣きで電話を入れた。電波が来ないから仕方ない。

本題の滑降だが、こう気温が低いとアイスバーン化しており、木も密集しているので(1)アイスバーンの壁(2)フカフカの平坦面をひたすら繰り返す。僕はまぁまぁ楽しんでいるが、深井中村はスィーーズサーといった感じで大変そうだ。ビビった深井の姿勢は完全にボーゲンらしき何かに固定されてロボットのよう。後日写真を見返したら3枚連写のポーズが全く同じという大変珍妙な滑りを見せてくれた。

>彼はこの形でアイスバーンもやってのける

池を過ぎ、アイスバーン帯を越え、やや急な沢に飛び込む。楽しい!
ん?ここは?狭まる沢に危険信号が灯る。しまった…道をそれた… 慌てて停止して、トラバースで復帰を図る。しかし大分急な斜面に来てしまったせいで、深井がプチ滑落して手間取る。どうやら無意識のうちにコンパスからずれて沢に迷い込んでしまったらしい。深井が来るのを待っているとガスがにわかに晴れ、酸ヶ湯温泉の建物が見えた。どうやら赤水沢のようだ。

雪が柔らかかったので結局登り返し決定。正直悔しいが一番確実である。暫く登り返して安全な場所に戻れたが、想像以上に時間ばかり食ってしまった。申し訳ない。

改めて滑走。今度は斜度もほどほどでアトラクションのように起伏のある斜面を楽しむ。うーん、これがやりたかったのだ。予想外の新雪滑走。去年の雪倉の斜面とは比較にならないくらい余裕がある。

しかし懲りずにまたルートどりを微妙に誤り、最後は歩く。目印になるはずの石倉岳が見えず、高さにして数十m下に下りてきてしまったようだ。滑りはいいが歩くのはペンギンの如く遅いのが山スキー班。ぶつくさ言いながら結局帰幕は15時。引き返して正解だったようだ。長かった。夕食はハヤシライス。最終日前日の米は上級生の面子を示すべく僕が炊く。無事成功。明日はいよいよ晴れそうである。深井の都合もあって帰らなければならないのは残念だが、期待に胸を膨らませて寝た。

◆5日目(3/26、最終日)
意気揚々と起床。万年床と化したテントを畳もうとするも、雪の奥底に埋めたペグが完全に氷結して取れる気配がない。本気でスコップを蹴りこんでも手ごたえ無し。1本を取り出すのに5分もかかる始末で、出発は日も高く昇った8時。しかし青空広がり、気分は最高。深井が最終日というのにザックの外に巨大な袋をぶら下げているので見かねて注意する。ザックをあさるとスカスカ。結局全部ザックに余裕をもって入ってしまった。いったい夏何をやっていたのか…指導不足が露呈して少し複雑な気分になる。


>待ちに待った晴天!!

ザックは重いが気持ちは軽い。南は小岳、高田大岳、硫黄岳、大岳。北は駒ヶ嶺、果ての櫛ヶ峯まではっきり見える。あゝ、2日早くこの天気であれば…

良く斜面も見えるので硫黄岳をトラバースするルートを取る。雪も降雪後の割には安定していて、雪崩れる気配はない。あっというまに小岳への分岐に着く。見れば、周りにウサギのような柱が。樹氷だ。それもかなり発達している。季節外れの大雪と低温は樹氷を我々に見せてくれた。感激してはしゃぎまわる。よくよく見ると、大岳を取り囲むようにポールが立っていて、ルートを案内している。うーん、晴れているとこんなにも違うのか。

本日のメインディッシュ、大岳を目指し一直線。やや急だが、多分大丈夫だろう。背後を振り返るたびに、うっとりするような東北の山々。今合宿の目標は達成されたようなものだ。シールでは上部は心もとないだろうという判断で下級生にはクトーを装着させた。


>うっとりする景色

標高を上げる、空中散歩。夏山と違って雪山ではより一層雲の上にいるような感覚が強い。徐々に斜度と風が強くなり、1年生は難儀しているようだが、こればかりは気合なので声をかけ続ける。やがて外輪部にたどり着いた。揺れ動く雲の中に火口が見え隠れしている。まだ終わりではない。

頂上まではここから1/4周ほど歩く。もう消化試合だと軽く考えていたのだが、久しぶりの晴れ、必ずしも100%良いということは無く、東北の厳しい風が直撃する。痛い痛い痛い。軽い人なら飛んでいきそうな風だ。耐え忍び、痛む頬をいたわりながら山頂到達。逃げたい一心で先に進んだ結果、深井を置いて行ってしまった。すまん。

山頂は文句なしの大パノラマ。これだけくっきり見渡せる山も珍しい。西の巨大な独立峰はなんだろうと話したが、後日調べたら岩木山だった。山頂も勿論暴風。楽しく写真撮影。北側のコルから人が10数人歩いていくのが見えた。山スキーヤーを見たのは1日目以来だ。北側斜面は凍ってて正直滑れるか怪しいのだが、準備をして滑降する。



>大岳登頂!

荷物を背負っての滑走は、3年目の今も気力と恐怖との戦いだ。完全に戦意喪失状態の深井が全然降りられない。正直な気持ちを吐露するなら、寒かったので急かす。中村は早くも順応して滑れていたので却って驚いた。じりじり降りて避難小屋。ここまでくればと思ったが裏腹に風の通り道は相変わらずの暴風。勘弁してほしい。


>踏ん張る中村、上達している

ここからは大岳環状コースというクラシックルート沿いに下りる。かと思いきやトラバースは高度を下げない上に凹凸が激しく、ろくに滑れない。結局途中まで歩いて深井のスキーは僕が持ってトラバースした。栗山先輩の記録にも同様のことが書かれていたのに、見落としていた。苦戦。

トラバースを終えると何やらポールがこっちへつづけと示している。見ればご立派な斜面。ポールに忠実に辿る必要は無さそうだったので、正面を滑る。うーん楽し。荷物有でも十分滑れる雪だ。大岳は徐々に離れていく。

後半は今度こそ消化試合。ポールに沿ってすいすい滑っていく。最後、そろそろ酸ヶ湯という段になって中村、5日間辛抱し続けた大をすべく先に旅館に消えて行った。無駄な努力をするもんだ。深井の急斜面恐怖は残念ながら直らず、体力切れもあって結局ほぼツボ足であった。見覚えのある温泉の真上から滑り込んで合宿終了!万歳。中村は無事間に合ったようだった。

1年生2人は私用&金欠のため今日のバスで帰るというので、とりあえず温泉に浸かった。メインは千人風呂という大浴場だが身体を洗いたかったのでこぢんまりとした小浴場で疲れをいやした。玄関前の広間でコーラを飲んで喜びをかみしめる。バスに乗る1年ズを見送って、僕と夏目は1泊することに。なんでも昭和初期の建物を今も使っているそうで、風情のある旅館だった。

◆6日目(3/27、アフター)
合宿の効用はすさまじく、6時半くらいにはソワソワして起きる。今日も晴れだ。といってもまた滑ろうという気も起きず、スキーを宅急便で送りだして朝一のバスで青森に向かう。

あてはないけどとりあえずレンタカーでしょう、ということで軽を借りて観光。津軽と言えば波風の激しいイメージがあるが、今日も御多分そのイメージに漏れずすさまじい強風。車が煽られてヒヤヒヤ。2時間余かけて青函トンネルの入り口である竜飛まで行き、半島の先っぽにある食堂で海鮮丼を食べた。岬は大岳の山頂を彷彿とさせる暴風で、なんでこんなところ来たんだろうと話しつつそれなりに青森を満喫。そのまま青森に戻りお土産を買った時点でタイムアップ。はやぶさで東京に戻った。

◆まとめ
天気面では100%とは行かなかったものの、合宿そのものの内容は納得のいく出来だったと思う。あとは天気図とか、滑走技術とか、基本的な面さえ充実すれば完璧だろう。八甲田、行ってみればそれに見合うだけの感動があった。来年以降も今回の経験を生かして頑張ってほしい。
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2/16 安達太良山

 2015-02-16
筆:深井
CL:八木(B3)SL:藤永(B3)装備:深井(B1)

2/15【大岡山22:00~練馬IC~川口JCT~安達太良SA2:00】
2/16【安達太良SA7:00~安達太良高原スキー場8:00・・・・薬師岳山頂近く9:00・・・・安達太良山頂13:00・・・・勢至平15:30・・・・安達太良高原スキー場17:30】

[0日目]
この山行は私の人生で3回目のスキーであり、初めての山スキーを経験したものであった。
人生初のゲレンデスキーにおいて、初中級をまあまあ滑れていたことであまり不安を感じず安達太良山へ向うこととなった。

22時に八木先輩の自家用車に荷物を載せ出発。
自動車での移動中私はほとんど寝てしまったので覚えていることはあまりないが、2人の先輩は出発から到着まで常に会話をしていた気がする。車内BGMは大体が八木先輩お気に入りの塊魂の曲であった。安達太良SAに着くとすぐに我々は就寝した。
[1日目]
6:00頃起床。皆でSAの食堂で30分ほどで朝食をすませ7:00頃安達太良SAを出発。安達太良高原スキー場に向かう車内で、私は車酔いにより朝食のビーフカレーをリバースしそうになるが耐える。到着し自動車から降りると、一面銀世界であるのに気温が低くないことに驚く。

8:00頃安達太良高原スキー場出発。最初はゲレンデをリフトを使い上ってゆく。朝早く、スキー客もほとんどいなかったのでゲレンデはスキー跡がなくとても美しかった。リフトから降りて少しばかりし、シールを装着し整備されていない雪の上をいよいよ歩き始めた。いいペースで歩いたので、すぐ薬師岳の山頂のロープウェイ乗り場が見えた。それから2時間くらいして仙女平分岐あたりで少しばかりの休憩を取る。この後1時間ほど歩くと、周りの木々がなく且つ吹雪いているせいで視界は真っ白に。人生初のホワイトアウトをこのとき経験した。コンパスがあり、斜面をのぼっていたので方向がわからなくなることはなかったが、もしこれらの情報源がなかったらと考えると・・・・。

13:00頃安達太良山山頂に到着。山頂付近は風が強く、シールの取り扱いに一苦労。無事なにも吹っ飛んではいかなかったが、さあ滑ろうと斜面と向き合った瞬間、私の意識が吹っ飛びそうになった。斜面は私からしたらとても急に見え、かつ下が吹雪いていてよく見えない。絶望した。ゲレンデスキーで2回滑ったことがあるだけの人間が滑れるものではないと。それから視界が開けるところに下るまで、あまりに必死で滑っていたためよく覚えていない。

15:30頃勢至平滑走。あまりに平らで、全く滑れなかった。しかし、意外にもここでこの山行において最大の恐怖体験をする。それは我々が滑っていた(歩いていた)ら突如崖が出現し、一歩間違えればあの世へ行ったであろうという体験である。これは後で思い返してもチビりそうになる。

17:30頃安達太良高原スキー場に無事到着。勢至平を抜けた後、高頻度で転倒し着いたころには生きた屍状態だった。先輩方は余裕そうで、能力の違いを痛感。空は暗かった。

【まとめ】
山行を終えて自分は傲慢すぎたと猛省した。ゲレンデを2回滑っただけで山の斜面を滑れるとすこしでも思った自分は甘かったと。
とても辛かったが、初めて雪山を体感することができ大変意義のある山行だった。


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立山初滑り 141122-24

 2014-11-24
筆:八木(B3)
メンバー:八木(B3,CL)、夏目(B2,SL)、藤永(B3)、鈴木(OB)

11/21【大岡山~立山駅】(車中泊)
11/22【立山駅9:00~室堂11:10…室堂山13:00…室堂15:50…雷鳥沢BC17:00】(テント泊)
11/23【雷鳥沢BC9:00…(ストック回収)…雷鳥沢BC10:00…ロッジ立山12:00…(北斜面滑降)…2250m地点12:50…2340m小ピーク13:40…(北斜面滑降)…2250m地点14:30…雷鳥沢BC15:00】(テント泊)
11/24【雷鳥沢BC7:20…8:10みくりが池温泉9:00…室堂9:40…(ビーコン捜索訓練)…室堂11:30~立山駅~大岡山】

山スキーヤーなら誰もが行きたい立山の初滑りへ。

◆0日目(11/21)
この日は大変浮かれていた。なぜなら、実家の車の納車日だったからである。ディーラーさんにお願いしてこの日に間に合わせてもらったのだ。納車したばかりの車を家に持ち帰り、慌てて用意していたキャリアを取り付けにかかるも、1人ではおぼつかなく仕方なく車に投げ込んで出発したのが17時。親に見せる前に山に持っていく鬼の所業である。

部室に到着。荷物を整理していると毛下を忘れたことに気付く。なんてこったい。時間がないのですぐにキャリアを取り付け、荷物を放り込むが4人分のスキー&宿泊荷物は容量ギリギリである。総出で無理やり荷物を詰め込んで出発。確か22時ギリギリだったように思う。目的地は富山側の入山口立山駅、400km以上先である。不思議なことに長野側よりその方が安くつくのだ。

今回は経験豊富なOBの鈴木先輩が来てくれている。交代で夜な夜な車を走らせた結果、立山駅にたどり着いたのは翌3:30頃であった。このとき、北陸道はトンネルばかりで海など全く見えないことを初めて知った。長かった。立山駅は夏期ほどではないのだろうが、どこもかしこもそれらしき(というかそれしかないが)車でいっぱいである。鈴木先輩らは駐車場の側にテントを張ったが、僕は車の中で寝た。

◆1日目(11/22)
眠い眼をこすって立山駅に向かう。当然ながら立山駅は今シーズン最後の大入りである。チケットを買いに行くと40分後の便を案内される。仕方あるまい。文登研以来のケーブルカーと高原バスを乗り継いで室堂に着いたのは10時を過ぎてからであった。ノロノロ準備していたら11:00。日は既に高く昇っている。

とはいえ景色はバツグン。雲1つ無い快晴だ。半年ぶりのスキーの感触と心地よい寒さ。スキーするには十分な雪がこの時期に自然に積もっているとはつくづく驚きである。既に上の方には登っている人達が点のように見える。今日は足慣らしに浄土山の西方、室堂山を目指すことにした。

僕を先頭に斜面にとりつく。やや斜度はあるが登るのにさほどの支障は感じない。何より太陽と空と雪のコントラストに目を奪われる。テンションが上がる。早くも滑ってきている人達を横目に見ながら登る。羨ましい。1時間ほど登ったところで台地に出る。ここまでくれば最早人の気配は殆どない白銀の世界になる。写真を撮りまくりながら来てよかったと確信する。

室堂山まではゆるやかな登り。若干岩は出ているが、隣の国見岳の方に滑り込めそうである。かなり急そうな斜面にも既にシュプールが何本がついているのも確認できる。たどり着いた室堂山からは五色が原の台地が見える。快晴。

シールをはがして国見岳方面に向かう。雪質はまぁまぁ。鈴木先輩を始め皆上手なのですいすいと滑っていくとあっという間に登りの手前まで降りてきてしまった。到着地点手前のプチパウダーで転んで雪が入る。背中が冷たくてさみしい。国見岳までの登りはやや怖いトラバース。クトーを忘れた悠は登りで難儀していた。

国見岳からの下りはやや雪が重い。どういうわけか悠が不調でトラバースで全く板が進んでくれない。やや斜度のある斜面を選んで落ちるように滑る。楽しい。高原バスの道路に出たところで再度シールを付けて歩く。室堂に着いたのは既に日もだいぶ落ちてきた16時前。幕営地は雷鳥沢。文登研の記憶ではそこまで長くなかったはずが甘かった。

みくりが池まわりだとアップダウンが激しいので立山室堂山荘方面から沢付近に下りて歩こうとするも、初冬なのでGWと違い木がたくさん出ている。おまけに期待していた下りは崖のようにしか見えない。幕営装備を背負っているのでちょっとまずい感じである。結局みくりが池温泉周りに戻る。タイムロス。悠がばてて中々来ない。オレンジ色に染まった立山は実に綺麗だったが、内心穏やかではない。

GWとはうって変わって結構いろいろ露出している雷鳥荘でおどおどしながら待つもいつまでたっても後続はやってこない。もうだいぶ暗かったのでしびれを切らして滑走。テン場で1人整地をして待つ。来ない。ヘツ電照らして雷鳥荘を見上げていたらついに真っ暗になってしまった。マズイ。一度だけ、鈴木さんらしき声が聞こえたので声を張り上げて返すも応答なし。来ない。電話を手に取るも寒さで即電池切れ。来ない。マズイ。何かトラブって降りて来れないのでは…?連絡も取れない上に自分は幕営具を持っていないので内心汗だくである。

最後にやりとりをして30分も経ったころに夏目が降りてきた。事情を聴く。悠がバテて鈴木さんが荷物を引きずって下しているらしい。走って応援に行くと果たして2人がノロノロと降りてきている。失策。鈴木先輩にも迷惑をかけてしまった。聞くと悠が下降中にストックを1本紛失してしまったそうだった。

結局皆が揃ったのは18時を回ったころ。テントを張って急ぎ飯を作って、寝たのはかなり遅かったように思う。


>快晴!!

>テンションUP

>すっかり舞い上がっている

>この後日が暮れた…

◆2日目(11/23)
1日目で皆消耗したこともあってかなり遅い時間に起きる。視界も正直良くない。ひとまず悠のストックがないと行動できないため3人でとりあえず雷鳥荘方面に探しに行く。雷鳥荘に尋ねたところなくしてすぐ親切な方が届けてくれたらしく無事戻ってきた。ひとまず安心。雷鳥沢まで滑走。岩が恐いが雪質は悪くない。そうこうしているうちに山頂以外の霧が晴れてきたので、疲れで参っている悠をデポして3人で適当な所を滑ることにした。

雪の降り始めと降り終りはやはり違うもので称名川は浅いが渡るには少々危なっかしい程度の水流がある。テン場から若干離れたところに半端な渡しがあったのでスキーをもって恐る恐る渡る。歩きながら奥大日方面を何となく狙っていたのだが、早速すれ違った人から、「雪は全然だめだよ」という話を聞いてしまった。そうなのか。然らばロッジ立山の西にある北面はどうだ、という話になるも称名川を徒渉しなければならない。幸い若干雪の乗っかっている部分があったのでそこから渡そうとするも踏んだ瞬間に「ザブン」と言いながら崩れる雪。ギリギリぬれずに済んだ。

途中良さげな斜面を見てちょっと滑って遊ぶなどしながらロッジ立山に着いたのは昼近く。今思うと大変なタイムロスであった。地獄谷方面を見るのは今回が初めてだったのだが、見ると確かに濛々と煙が噴き出ていて硫黄臭も強い。支流の徒渉を終えて登り始めようかというとき不意に太陽が顔を出した。真っ白な斜面に日光が反射して美しい景色を見せてくれる。気温もにわかに上がってきた。

50m上がってきたところで目の前の北面の誘惑に耐え切れず滑ることを提案。滑降。予想通り、この時期としては大満足のふかふかスノー。調子に乗っていたら見えない岩を擦って板を派手に傷つけた。これは仕方ない。降りてきて向いを見やれば室堂乗越方面へと刻まれたシュプールが幾本も見える。あっちもさぞかし楽しいだろう。

これだけでは物足りないので滑っている人の少なそうな斜面を登ることにする。しかし思いのほか急でずるずる滑る。ハイマツが部分的に出ているのでハイマツに上陸して無理やり這い上がった。途中夏目がゆっくりと10mほど滑り落ちて行った。頑張れ。大して登ったわけでもないのに天気も相まってピークでぼんやりするなどしていた。鈴木さんに至っては寝ている。ピークからは地獄谷が一望できた。

さて滑走。ここも雪質は良い。すぐに終わってしまった。シーズン初めのせいかどうもターン時の引っかかりが強く難儀した。鈴木さんは貫禄の滑り。帰りは歩くだけだが、高低差が少ないせいか行きとは比較にならないほど早く帰ってきた。

1日休んで悠もだいぶ元気そうである。バッチリ晴れているので誰が言うわけでもなく机と椅子を作り始める。あっという間に完成。つまみとビールで乾杯する。しかし今となっては思い出せないが、なぜくさやがあったのだろう。登山の時でしかくさやを食べていないような気がする。天気も気持ちも穏やかなのでこの日は夜まで比較的良く話していた。













◆3日目(11/24)
あっという間に最終日。社会人の鈴木さんは明日にもお勤めなので特に遠出しようという話にもならず室堂に戻ることに。だらけっぱなしである。1時間ほどで1年前以来のみくりが池温泉に到着。ちょうど今日が小屋じまいのようで冬に向けた準備を行っていた。小屋でトーストを食べてのんびりする。

まだ時間があったのと、鈴木さんが温泉に入るとのことだったので現役3人は先に室堂に入ってビーコン捜索の練習。ビーコンは16年ぶりの更新でMAMUUTの最新モデル。デジタルビーコン。実地で使うのは初めてだったのだが、アナログビーコンとは比較にならないほど素早く捜索できた。流石に1m以内になるとたまにかすめることはあったものの、2台同時捜索もバッチリ機能して、その性能を確認した。そうこうしているうちに鈴木さんも到着。11:30のトロリーバスで室堂を後にした。

下山しても家ははるか彼方である。行きに発掘した謎のアイドルの曲を流しながら北陸道・信越道をひた走って山行を終えた。



◆まとめ
慣れないドライブ、初滑りというのもあってか、思い返すとゆるゆる山行だった。しかし好天の中過ごす雷鳥沢ほど気持ちの良いものはない。来シーズン、機会があれば立山三山や剣御前まで足を伸ばしたい。11月にこれだけ雪が積もっていること自体が驚異的なので、雪訓にも良いかもしれない。
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